第4話 自分なりの答え
頭を悩ませていると、誰かが鳥居を潜るのを感じる。神様の勘、というものなのだろう。
部屋を出て、境内から眺めてみる。だけど、自信がなくなっている俺に、願いを叶える事はできるのだろうか?
だが、しばらくしても拝殿の前に現れて来ない。
「あれ? 気のせいだったのかな?」
境内を見渡しても、人だけでなくミイコもどこかに行ってしまった様子。もしかしたら錯覚を感じるほどに俺は問題から逃げたかったのかも知れない。
仕方なく、部屋に戻ろうとするとようやく人の気配が近付いて来るのがわかる。一歩、また一歩とゆっくりとした足取りで現れたのはかなり歳を召されたおばあさんだった。
足が、悪いのかな?
そう思って、少しずつ拝殿に向かうおばあさんを見守る。杖に、腰を曲げた前傾姿勢、ここの急な階段を一生懸命上がってきたのだろうと思う。
拝殿に着くとゆっくり2回礼をし、弱く柏手を打つ。
パン
パン
俺は息を止めて、願いに集中する。
だけど、聞こえて来たのは
"ありがとうございました"
とても気持ちのこもった深い感謝。ただ、それだけで、深くお辞儀を行うと、ゆっくり拝殿に背を向けた。
あれ? ちょっとちょっと……それだけ?
ここまで来るのは相当大変な筈なのだが、おばあさんは感謝を伝える為だけに来たのか?
「おばあさん、願い事しないんですか?」
ふと、その姿に俺は声をかけてしまう。
お婆さんの様子は、立ち止まっているのかただまだ歩き出していないのか分からない。
あ、そうか……今は俺の姿が見えないんだっけ?
そう思ったが、お婆さんは間を空けてから応えた。
「おやおや……どちら様か分かりませんがありがとうございます」
そう言うと笑顔で微笑む。ハッとして俺は姿を見せる様にすると、お婆さんはよく見えて居ない様だ。
「おばあさん、目が良く無いんですか?」
「えぇ、大分前に白内障をわずらってしまいましてね、見えにくくなってしまいました」
「そうなんですか……でも、この神社願いが叶うみたいですよ? 願ってみてはどうですか?」
こんな誘導みたいな形は本当は良く無いのだろうけど、願い事さえしてくれたら叶える事が出来る。だけど、おばあさんからは意外な返事が返ってきた。
「お気遣いありがとうございます。でも……いいんですよ、不便ではありますがこれはこれで構わないと思っておりますので……」
「なんでなんです? 治った方がよく無いですか?」
「そうですねぇ、わたしは今は時間も気持ちのゆとりも沢山ございますので、余計な物まで見なくて済む方がいいのかもしれません」
余計なもの……か。
「そっか……おばあさんがそれでいいならいいのだけど……」
「ええ、老いた身ですので、身体の事はいいのです。でも、もし願いを叶えて頂けるなら生まれ変わった際にあの人の隣に居れる様にしていただけるかしら?」
「あの人?」
「わたしの夫です。とは言え10年も前に亡くなっているので、歳の差が開いちゃってるかしら?」
そういったお婆さんの顔はなんとも言えない優しい表情だった。
生まれ変わりか……後でミイコにでも聞いてみようかな。
「旦那さんの事大好きだったんですねぇ、」
「いいえ。一緒に居る時はちっとも好きじゃ無かったの……」
「そうなんですか?」
「ええ。だって、あの人わたしが居ないとなんにも出来ない人だから……」
おばあさんは、少し悲しげに言う。
「それで、いつも怒っていたわね……でも、あの人はそれでも黙って聞いてくれていた」
俺はそう聞いて何かがこみ上げると同時に、言葉に詰まる。
「だから、今度はちゃんと"ありがとう"と言ってあげたいんですよ……」
そう呟いたお婆さんに思う。"好き"とか、"嫌い"とか、そんなんじゃない。2人で積み重ねて来た時間と、ちゃんと言えなかっだ後悔。一言ではいい表せない位の深い愛情が有るのだと感じた。
「ちょっと話し過ぎちゃったかしら? それでは娘が心配するのでわたしはそろそろ帰りますね」
「はい、お気をつけて!」
俺は見送る様にそう言うと、おばあさんは最後に、
「お願い事の件、よろしくお願いしますね」
そう言って深く頭を下げた。
きっと、おばあさんは気付いていたんだと思う。
俺が神様だと言う事も、願い事で悩んでいることも。最後の言葉を言ってくれた事でそれに気づく事ができた。
───夕方を過ぎた頃に巫女姿のミイコが帰って来た。
「あれ? どうしたんですか?」
「ミイコ、こんな時間までどこ行ってたんだよ?」
「買い物ですよ? 神様が置いてあるカップラーメンをほとんど食べちゃったからじゃないですか!」
ミイコをよく見ると、スーパーの袋を2つ持っている。どうやらご飯の買い出しに行ってくれていた様だ。
「あ……ごめん……。でもカップラーメンを買いに行くにしては長過ぎないか?」
そう言うと、少し怒る様に
「ね、猫には色々用事があるんですっ!」
と言いながらミイコは目を泳がせていた。猫だけに、猫の集会という奴かも知れない。
「それで……願いの叶え方は決まったんですか?」
「あれからあの子の様子とか色々みていたんだけどさ……恋愛関係って深いよなぁ」
「色々……神の道は外さないでくださいね?」
「いやいや、大丈夫だから……多分」
「それで? 何かいい案でも浮かんだんですか?」
「案とは少し違うんだけどさ、仲のいい友達グループ内にあの子の事を長い間好きな奴が居るみたいなんだよね」
「なるほど! それで、その彼とくっつけるきっかけを作る事にしたわけですか?」
「いいや。それも考えたんだけど、今回は彼を応援するだけにしようと思うんだ」
「へぇ、意外! またなんでそんな風に思ったんです?」
「うーん。彼が積み上げてきた時間や想いは無駄じゃないと思うんだよね。それに告白して振られた後も仲がいいって何かある気がしない?」
「なるほど! 彼の想いが叶うかも知れないというわけですね!」
「だって、願いを叶えるか叶えないかは俺次第なんだろ?」
俺がそう言うと、ミイコは猫の姿にもどり、「そうですにゃ、神様の自由ですにゃ」と言って、それ以上は何も言わなかった。
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