step16.トラップ(3)
落ち着いてから顔を上げると、アコは普通な表情に戻って箸を持っていた。
「食べたらお散歩しようね、ヨッシー」
話題を変えられてしまい、結婚云々について流されてしまった。先に食べ物を片づけた方がいいのだし、また後でもいいかと思い由基はペットボトルのお茶を飲んだ。
おにぎりを全部平らげ、弁当箱が空になるとアコの鞄はだいぶ軽くなった。それでもなんとなくそのまま持って歩いてやると、アコはやっぱり嬉しそうに由基の手を引いた。
「こっちこっち」
木々の間の小径を移動するとせせらぎが聞こえてくる。夏場ならさぞや涼しい気分になっただろうが、今はまだ寒々しさの方が先に立つ。
やがて開けた視界に飛び込んできたのは、鬱蒼とした渓谷に架かる吊り橋だった。
「行こ行こ」
「え、渡るの?」
「この向こうが美術館だよ」
吊り橋の長さは二百メートルもないだろう。頑丈そうなワイヤーと鉄筋で支えられ足場は隙間のない板張りでしっかりしている。が、「1度に渡れるのは4人まで」という人数制限の注意書きを見るとやっぱり怖い。
「早く早く」
アコが後ろに回ってぐいぐい背中を押す。
「わわっ。押すなって」
自分の意志でコントロールして向かうのと、お構いになしにされてしまうのとでは心の準備のあるなしが違う。それなのにアコに無理やり押され小走りになって吊り橋へと踏み出していた。がっしり固定されているかのように見えたが、やっぱり多少は揺れる。
「アコちゃん、押さないでって」
情けない声をあげると、アコはえへへと笑って由基の背中を押すのを止めた。
そっと見下ろしてみれば、橋の下は思いの他深く、沢音が聞こえてくるものの緑が生い茂っていて水の流れは見えない。ごくりと唾を飲み込み由基はそうっと足を進めた。ゆっくり歩けば橋は揺れることはないようだ。
だが、吊り橋のちょうど真ん中まで来たところで、由基の背中に手を添えたままだったアコがぎゅうっと後ろから抱き着いてきた。
「へ……っ」
歩を進めていた足をかくっと引き留められ、その反動で橋が左右に揺れる。びくっと体が竦んでしまう。
「アコちゃん?」
首をねじって窺うと、アコは由基の背中におでこをくっつけたまま細い腕に更に力を込めた。なかなかに立派なふくよかな感触が上着越しにもしっかり伝わってくる。
「何してんの」
華奢な手首を掴んで腰からはがして体を返す。するとアコは今度は正面から抱き着いてきた。
「ちょっ……」
勢いを受け止めきれずしりもちをついた。衝撃にぐいんぐいんと吊り橋がブランコみたいに揺れる。ひいいっと喉がきゅううっとなる。
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