step13.エンクロージャー(2)

『そこはほら、信用してるし?』

 本気か? 本気で言ってるのか?

『手を出したらそっこう解雇だからね』

 信じてないじゃないか。

『まあまあ。そこ、お料理は美味しいし露天風呂も素敵だから。楽しんでね』

 通話の切れた画面を見つめて由基は呆然となる。


「お客様、お食事の御支度ができております」

 旅館のスタッフから声をかけられ、廊下でスマホを握って震えていた由基は、とりあえず客室に戻った。

「ヨッシー食べて。お腹すいたでしょ」

「お疲れさまです」

 座卓の一辺に並んで座っているふたりに次々に言われ、曖昧に頷きながら由基は向かいの座椅子に座った。


「ふたりもこれから? 待ってたの?」

「あたりまえだよー。ヨッシーがご主人様だもん。ビール飲む?」

 明るいアコの口ぶりに寒気が走るのはなぜだろう。当然飲むつもりでここまで来たが、少しでも危険は冒せないとアルコールは控えることにする。そうだ、食事をしたら退散しよう。そうしよう。


 心に決め、早く片づけてしまおうと食事を始めてみれば、ビーフシチューなんて手の込んだ料理もあれば、タライいっぱいの甘エビやあわびの酒蒸しなんてものまであって、三咲が言っていた通り豪華で美味い。


「ごちそうだね」

「三咲さんに感謝だね」

 女の子ふたりがきゃいきゃい喜んでいるのも微笑ましく、由基も少し楽しい気分になってビール片手に刺身をつまみ…………いつの間にか自分が飲んでいることに愕然となった由基の傍らで、ビール瓶を持ったアコが微笑む。

「はいはいヨッシー。ぐいっといって」

 はめられた。運転ができないなら帰れない。


 食事の後、逃げるように大浴場に向かった由基は露天風呂のひのきの湯船に浸かりながら思案したが、追い詰められたショックで頭がうまく回らない。どうしてこんなことになったのか。この後どうすればいいのか。


 客室に戻りたくなかったのと、半ばヤケクソになって、風呂上がりにそのまま館内のスナックに行った。どういう関係なのかよくわからない宿泊客の男女が歌う『ロンリー・チャップリン』をBGMに冷酒を煽る。

 酒は決して弱くないつもりだが仕事の疲れと精神的圧迫感とで落ちそうになったところを気遣ったスタッフに声をかけられ、千鳥足で客室へと戻った。

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