step11.リスタート(6)

「こら、静かに……」

「はいはーい。じゃ、アコは帰るね。メリークリスマス!」

 だから静かにしろと言うとろうが。でも、小走りに駅の道を遠ざかっていく背中を見ながら、まあいいか、とも思う。街中はまだクリスマス気分で浮かれている。泥のように疲れ切っていた由基の体も少し軽くなった気がした。


 マイカーで自宅アパートに帰り、とりあえずビールの缶を開けて一息つく。アコの差し入れのミートパイはまだほんのりと温かく、肉とトマトの匂いが漂うとぐううっと腹が鳴った。

 とはいえ、やっぱりあまり重たいものは、と思いながら一口かじってみると、バターの香りのするパイ生地はさっくりと軽く、ひき肉のフィリングは予想外にあっさりした味で、ぱくぱくとふたつ平らげてしまった。


 率直に美味かった。腹も気持ちも満たされた。明日も朝から出勤だから早々にシャワーをすませて布団に入る。スマホをチェックしながら、やはりお礼のメッセージを送るべきかと考える。


『ごちそうさまでした。美味しかったです』

 最低限の言葉を送ると、すぐにアコから返信がきた。

『お嫁さんにしたくなった??』


 あの娘は、どうしてすぐにこういうことを言うのだろう。黙ってさえいてくれれば…………などと考えてしまい。由基はそうじゃないだろ、と×印のスタンプを送り、もう反応するもんかとスマホを放置して掛布団を頭の上まで引っ張り上げた。





 クリスマスの飾りを撤去して歳末セールのものに取り換える。お客の視界に入る店頭ではイベントごとの切り替えが勝負だ。さいわい、大みそかには閉店時間を早めて元日も休みになるから年始の飾りつけはゆっくりできるが、店を一日休みにするならそれはそれで在庫に気を遣うし仕入れの注文数も調整しなければならない。定休日自体は嬉しいのだが。


 三が日に売り出す商品のデコレーションを琴美とふたりで確認する。自分用のメモを取り終えた琴美は、小さな帳面とボールペンをコックコートのポケットに戻しながら控えめに口を開いた。

「初詣のことなんですけど」

「……」


 返事を先延ばしにした時点で断る理由がないことは見え見えだったのだし、三咲から「逃げてるばかりじゃ恥ずかしい」と言われた手前、受けるべきなのだと思えてしまったりもして、それでも正直、面倒くさいなという気持ちが大きいわけでもあり。

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