step8.セカンド(3)

「ごめん。そんなに嫌とは思わなくて」

「嫌です。製造担当なら売り場に出ることはないって店長が言うから安心してたのに」

「そうだよね、ごめん」

「それなのに頭を下げたりして。そうすればわたしがホイホイやると思ったからですよね」

「そんなことは」


 逸らした視線を琴美の顔に戻すと彼女は泣いてはいなかった。

「わかりました。やります」

「え」

「頑張ってみます」

 そう言う琴美の声は、震えている。由基は動揺してどうフォローするべきかわからなくなる。


「このまま外に行けばいいですか?」

「う、うん」

 琴美のユニフォームは販売スタッフとは違うコックコートだ。ベレー帽と同じ色のコックタイも付けている。似合っているし可愛いと由基はいつも思っている。


 胸の下で両手をぎゅっと握り合わせ、緊張の面持ちで琴美は戸外に向かう。ショーケースの脇の長机で所在なさげにしていた三咲が、自動扉から出てきた琴美を見て納得したように目を細めた。続いて出てきた由基に「いいんじゃない」というふうに頷く。


「ことちゃん、こっち」

 三咲が琴美を呼んで長机の上に試食品を並べる準備を始めたので、由基の方は歩道で試食のカップゼリーが乗ったトレーを手に声を張り上げているマネキンさんに、今後は呼び込みだけに集中して試食コーナーに誘導してくれればいいから、と伝えに行った。トレーの代わりに、商品のポップを掲げ持ってもらうことにして由基はほっと息をつく。


 彼女が持っていたトレーを回収して戻ると、できあがった試食コーナーでは既に琴美の前に女子中学生のグループが群がっていた。まずは話しやすい年代なのではなかろうかと、由基はまたほっとする。購入はしてくれなくても、琴美の緊張がほぐれるなら万々歳だ。


「ここは私がいるから、あんたは早く製造に入りなさいよ」

「ああ。頼みます」

 三咲に促され由基は急いで製造室に戻る。いつもは彼もコックコートなのだが今日はYシャツにベストという通常の店長スタイルだったので、Yシャツの袖をまくって白いエプロンをかけてから作業を始めた。


 黙々とフルーツをカットしたり生クリームを絞ったり、CTW(コーティングゼリー)やホイップの準備をしている間、何度か補充の商品を取りに来た三咲が報告してくれた。

「ことちゃん、大分慣れてきたみたい」

 良かったと、由基は心から安堵する。

「お手当はずまなきゃだよ」

「わかってる。来月調整する」

 実際問題、バックレたマネキンに渡す分だった日給をそのまま琴美にあげたい気分だ。マジありがとう。他にもお礼をしないと、と由基は考えた。

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