step5.ソイフレ(6)

 あれだけ念を押されたからには逃げ切れないと、数日後の午後、由基は久し振りにスーツを着て東京本社へと出かけた。駅の巨大さと人の多さ、その人々の歩く速さについていけないだけで自分は落ちこぼれだと思ってしまうような感覚、都会は久し振りだなあなどと感慨にふけってしまう。

 部外者が会議に交じってまーす、などと同僚たちにいじり倒されるのに辟易したが、構ってくれる人間がいるうちは社内に居場所があるということなのだろう。


 早くもクリスマス商戦に向けた訓示を取締役からいただいていた間は意識が半分飛んでいたのだが、その後の商品研修はそれなりに役に立った。メモを取りながら琴美にもわかりやすいようマニュアルを作ろうなどと考える。


 無駄な時間が半分、本当に有意義だったのは残りの更に半分。そんな配分の会議がやっと終わり、その後は懇親会と銘打った飲み会が始まる。この季節には本社ビルの屋上でビアパーティを気取るのが恒例で、今回もやっぱりそうだった。


 老舗だけあって立地だけは素晴らしく眺めのよい屋上でビールを飲む。一杯だけで満足して帰れればよいのだが、そうもいかないからツラいのが職場の飲み会だ。終電の時間があるので、などとヘタに言おうものなら終電の時間ギリギリまで拘束されることになる。

 つまみを腹に入れながらセーブしてビールを飲む。お酌に回ってこられないように飲んでますアピールも忘れない。そうしながら抜け出すタイミングを窺ってはいるものの、ドル箱を誇る有力店の大物店長たちが出入り口付近に鎮座ましましているのでなかなか抜け出せない。


 仕方なく由基は帰ることはあきらめ、トイレに行くと言って席を立った。屋上の喧騒から離れたくて階下に下りる。先ほどまでいた会議室があるフロアのトイレに入ってやっと一息ついた。疲れた、帰りたい、疲れた。


 もう少し時間を潰したいと廊下をうろうろしていると、

「何してんの?」

 三咲に見つかった。

「どっかで一休みしたいんでしょ」

「あたり」

「会議室はもう鍵締まってるよ。こっちなら開いてる」


 三咲に案内されたのは、文字通りの「休憩室」だった。壁際に荷物を入れる棚が並び、部屋の中央には長机とパイプ椅子。奥の一角には小上がりの三畳間があった。


「あたしも眠くなっちゃってさ」

 三咲はパンプスを脱いで畳に上がる。

「そんなに飲んでたか?」

「年取るとお酒にも弱くなるじゃない」

「まあなあ」

 手にぶら下げていた巾着型のポーチを枕にして三咲は仰向けに寝転んだ。

「あんたもこっちくれば?」

「いや……」

「気にするような間柄じゃないでしょ、あたしがいいって言ってんだから」

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