step5.ソイフレ(7)
「うん……」
お言葉に甘え、由基も靴を脱いで畳に上がり三咲と並んで仰向けになる。部屋の照明はそれほど明るくなく窓もない。休憩するだけの場所だからだろうか。以前には喫煙もオーケーだったのに違いない、壁紙がヤニで汚れていて独特のこもった匂いがする。
三咲は目を閉じたまま静かだ。寝入ってしまったわけではないだろうが。と思いつつ由基はいつの間にかうとうとしてしまっていた。スラックスのポケットの中でスマートフォンが振動してびくっと目を覚ます。
取り出して画面を見るとラインの通知だった。アコからのメッセージ。
『まだお仕事?』
なんだかんだ数日おきに電話してくるアコに、今夜は遅くなるから反応できないと昨夜のうちに伝えておいたのだが。はあっとため息をついて由基はラインで『まだ』とだけ返事を送る。この後メッセージが来てもスルーしようと決めた。
ごそごそスマートフォンを戻していると視線を感じた。三咲が目を開けて由基を見ていた。
「悪い。起こしたか」
「寝てなかったよ。目、閉じてただけ」
「そうか」
「帰りたいなら荷物取ってきてあげるからこのまま逃げちゃえば?」
「いいのか?」
「どうせまた当分ここに来る気はないんでしょ。逃亡だーって私が加担したことは隠してあんただけを悪者にしておくから」
「へいへい。それでいいですよ」
「ねえ」
「なんですか」
「あんた気づいてないでしょ」
「へ?」
「あたしが……」
言い淀んで三咲は視線を横に流した。らしくもない態度に由基は何事かと寝転がったまま身構える。
「いや、なんでもない」
そう言ってくちびるを噛んだ後、三咲はぷっといきなり吹き出した。
「へ? なんだよ」
「いや、だって。この状況……」
三咲はすぐに笑いを引っ込め真顔になった。
「ソイフレって、こういうのかなって」
「…………っ」
由基は思わずがばっと上半身を起こす。
「何さ、その顔。バーカ」
「おまえなあ」
「よいしょっと」
起き上がってショートカットの髪を手ぐしで整えながら三咲はパンプスを履く。
「じゃ、フロントに先に行っててよ」
「あ、ああ。サンキュ」
「この部屋、ちゃんと電気消してね」
言い残して部屋を出ていった三咲の背中はなんだか冷たかった。
帰りの新幹線の中でひと眠りし、タクシーで自宅アパートへと帰った。いつもより重いビジネスバッグを肩から下ろす。シャワーで汗を流した後はテレビをつけずに寝床に入った。
一応、緊急の連絡はないかとスマートフォンを確認する。アコからの最後のメッセージはおやすみなさいのスタンプだった。ふうっと息をついてスマホを枕元に置きルームランプを消す。
何がソイフレだよ。寝入りながら由基は思う。疲れて眠りたいときに癒しなんているかバカ。添い寝なんて邪魔なだけだ、俺は一人で寝たいんだよ。まったくわかってないな、女ってやつは――――。
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