step4.デート(7)

 アコに迷惑をかけた自覚もありランチを奢ることにして何が食べたいかとリクエストを訊くと、彼女は迷いなくハンバーガーと答えた。ハンバーガーショップはフードコートの中にもあったが、人目を避けたい気持ちが高まっていた由基はモール内でも僻地に位置する少し値段の張る店へとアコを連れていった。「いいの? いいの?」とアコははしゃいでいたし、お礼にはちょうどいいだろう。


「ほんとにもう大丈夫?」

「心配させちゃったのは悪かったけど、少し疲れてただけで持病とかあるわけじゃないから。去年の健診もオールA。問題なし」

 アコはなんのことだかわからないという顔つきだったが、運ばれてきた大きなハンバーガーに歓声をあげて手を叩いた。

「こういうハンバーガー、食べてみたかったんだ。ヨッシーはアコの神様だよ」

 ずいぶん安い神様だ。苦笑いする由基の腹もぐううっと鳴る。そもそもこの二日間、猫の世話にかまけてまともに食事もしていなかったのだ。この年で無理はするものではないのだなと反省し、由基はアコと一緒にハンバーガーを平らげた。


 食事の後、改めて移動水族館の会場に行ってみた。さっきよりも人が減り、ペンギンのプールに近づくことができてちょうどよかった。

 そこに居たのはアフリカに生息するケープペンギンという種類の二羽で、くちばしも足も黒くて黒ッという印象で、由基には正直この生き物が可愛いとは思えない。アコはカワイイカワイイと喜んでスマートフォンで撮影しまくっていたが。


 一緒に行動していると、アコはよくカワイイと口にするのだが、そのものを由基は可愛いとは思えない。自分には可愛いという感覚がないのだろうかと疑いたくなる。女の子の言うカワイイが琴線に触れない。こんなんで女子が喜ぶようなインスタ映えするスイーツなんて作れるのだろうか。由基はまた気が重たくなる。


「ヨッシー疲れた? もう戻る?」

「え、いいの」

「うん、だって無理させたら悪いし」

 そう言われると申し訳ない気持ちになるが、実は正直のところ早く家に帰って眠りたい。


「実はもう寝たいなって。ごめんね、アコちゃん」

「え、いいよ。そんなの、アコだって同じだし」

 なぜかアコは頬を染めて両手をひらひらと振る。なんで恥ずかしそうなんだ?


 再びシャトルバスに乗り込み座席に並んで座ると、アコは由基の手を握ってきた。もう帰るのだし、と気が緩み、由基はされるがままになってしまう。というか、彼女ときちんと話をしなければと思って来たはずなのだが、なにしろもう疲れてしまって今日はもういいかという気持ちになってしまう。


 駅前に着いてバスを降り、じゃあこれでと別れようとする由基の腕を、アコがものすごい力で引っ張った。

「早く行こ」

 どこへ? と質問したくてもアコはなにやら尋ねにくいオーラを発してひたすら足を進めていく。程なくたどり着いたのは、今の時間には人気のない飲み屋街の奥にあるそれだけ妙に近代的な建物。商業的な呼び名はアミューズメントホテル。もっとわかりやすくいうなら、ラブホテルである。


「ちょっと待った」

 腹の底から声を絞り出して由基はアコを止める。

「ちょっと、なんで、こんなところ……」

「ヨッシーが寝たいって言うから」

 ちがーう!! と由基は内心でムンクのポーズになりながら叫んだ。

「そういう寝たいじゃなくて、俺はただ疲れてるから」

「うん。だからね」

 するっと由基の腕に細い両腕を絡め直してアコは目を潤ませる。

「アコが癒してあげる」

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