step2.ロックオン(2)

 まずい。この手の女はまずい。由基自身の恋愛経験は乏しくても、友人知人の組んず解れつを見聞きして学習してはいる。その点、伊達に年は食ってはいないのだ。


「ねえねえ。おじさん、名前は? どこに住んでるの?」

「今回のことは貴重な教訓とさせて頂き、何卒ご容赦のほどお願い申し上げます」

「え!?」

 きょとんとなっている隙に、由基はアコの手を逃れて脱兎のごとく逃げ出した。命からがら駐車場に駆け込み、愛車の中でやっと息をつく。


「JK怖ッ」

 からくも絡めとられずにすんだと、そう、すんだものだとこのときには安堵したのに。これはアコと由基のファーストコンタクトにすぎなかったのである。





「おーじーさん!」

 ピンク色の声がガツンと由基の側頭部を殴りつける。この声は。

「みーつけたっ」

 節を付けて満面の笑顔で駆け寄ってくるのはアコだ。出会いの夜の二日後。同じ時刻、駅の東側の駐車場の前で。


「こないだクルマでここから出てくるの見えたし仕事の帰りみたいだったから、待ってれば会えるだろうなーって。昨日は駐車場全部チェックしてもクルマがないからあれって思ったんだけど、今日も来てみてよかったよ」

 昨日は公休日だったから由基はずっと自宅にいたのである。いや、そんなことより。

「俺のクルマ覚えたの」

「ナンバーもばっちり」


 怖っ。そして恋愛脳の行動力ハンパない。鳥肌が立った由基の腕にアコが手をのばしてくる。由基はさっとそれを避ける。

「んもう、おじさん。せっかくアコが待っててあげたのに」

「頼んでません」

「デートしよ」

「しません」

「アコお腹空いた」

「おうちに帰りなさい」


 逃げるが勝ちとばかりに由基は再び逃げ出した。アコは駐車場内まで追いかけてくることはしなかった。が、翌日も、その翌日もアコは由基を待ち構えていたのである。学校が休みの土日にも制服姿で夜の路上にいたのである。


 どうしたものか。通勤に使う駐車場の場所を換えた方がいいだろうか。まだしばらく定期駐車券の期間があるのだが。退社時間をずらしたり時間を潰したりするのも馬鹿馬鹿しいし。


 対応を決めかねていたある晩、閉店間際に来店客が立て込んでいつもより四十分遅く店を出た。

「疲れた」

 独り言ちながらも、この時間ならアコももういないだろうとそこは気持ちも軽く駐車場に向かったのに。

「おーじーさん!」

 今日も彼女は待っていた。昨日と同じ笑顔を顔に貼り付けて由基に飛びついてくる。怖っ。

 条件反射でビジネスバッグをかざしつつ体中に鳥肌が広がるのを由基は自覚していた。

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