step1.出会い(2)

 思い返せば数日前、やはり仕事帰りに駐車場に向かって歩いていた途中で由基はアコと出会った。

 駅前へと続く大通りなのだが、丁字路の一角に木々に囲まれた公園があるため少しだけ暗がりになっているそこで男女がもみ合っていたのなら。いつもの由基だったら間違いなく素通りしていた。だがしかし。


「いいやあだあああ!」

 男の腕を振り払い、反動でよろめいた女がちょうど由基にぶつかってきたのなら。街灯の乏しい明かりの下で、その瞳がうるうると光っているのが見えたなら。素通りできる神経の方がむしろ豪胆である。


「大丈夫?」

 仕方なしに声をかけた由基に彼女はぎゅうっとしがみついてきた。

「助けて、おじさん。アイツが無理矢理ヘンなことしようとするの」

「はあ? ヘンなことするに決まってんだろ! オレはカレシだぞ!」

 そりゃまあ、付き合っている男女ならヘンなことだってすることはあるだろう。お互いの許容範囲であれば。が、よくよく見れば彼女は由基もよく目にする高校の制服姿、対してカレシだという男は、こういったらなんだがとても素行が良さそうには見えない柄シャツ姿の成年男性だ。


「本当に付き合ってる?」

 小声で尋ねると、彼女はぶんぶんと首を横に振った。

「もう、別れた。今は他人」

 なるほど。由基は夜空を仰いで目を閉じ、それから自分にしがみついている彼女の肩をべりっとはがした。

「とりあえず離れなさいね」

 言われて体を離しはしたが、彼女は元カレシを警戒して由基の背中に隠れる。それを見て男は目を吊り上げた。

「おっさん邪魔だよ。さっさと行けよ」


 できればそうしたい。そうしたいが、自分がこの場を離れた後で起こるかもしれない可能性のある悲劇を想像してしまうと、知らん振りもできない。どちらかといえば思考がネガティブな由基は、精神的に楽な方を選んでおきたいのだ。この場合、このまま帰ってしまったら寝つきが悪くなって明日の業務に差し障ってしまうかもしれない。


 そう判断して由基は穏やかに男に話しかけた。

「君たちの今の状況ね、痴情のもつれってやつ」

「……は?」

「痴情のもつれ。過去のデータでは殺人事件の原因の二位だったりする。つまり、君らもこのまま諍いがエスカレートすれば警察沙汰になりかねないってこと」

 ぽかんと口を開けている男に向け、由基は淡々と語り続ける。

「ね。だからさ、早いとこ和解しておいた方がいいよ。見たとこ君だって若いんだしさ、未来があるだろ? ひとりの女にこだわらなくたって次の相手はいくらだっている。君、イケメンだし」

 思ってもいないことをつるつるのたまう由基に、男はまんざらでもない顔になる。どうやら単純な男のようだ。助かる。

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