11 ガルーダの宝石

「聞くがよい。国父たるネミディア王、尊師たる司教たち、並びに円卓の騎士、ディアン・ケヒトの闇祓いよ。わらわたちは、聖女の選定方法について心を決めた!」


 予期せず場に呑まれたユウリスが、怪訝けげんそうに眉をひそめる。この事態に、≪ゲイザー≫が関係するとは思えない。


 動揺どうようしているのは、ほかの面々も同じようだった。


 長い口髭くちひげをたくわえたネミディア国王が、きらびやかなローブを揺らしながら両手を広げる。


「なにを言いだす、エウラリアよ。聖女の信任は国の大事。後の禍根かこんとならぬよう議論を重ね、慎重に決を下す必要がある。我らが女神ダヌの恩寵と七王国の安寧あんねいを預かっていることを忘れてはならぬ」


「見え透いておるわ、父上。司教たちも同様に、勇者と聖女を椅子取りの駒としか考えておらぬであろう」


 この痛烈な批判に、ゼルマン司教が憤慨ふんがいした。


「エウラリア姫、いまのは問題発言ですぞ。教法の侮辱罪ぶじょくざいにあたる。すぐにでも異議を申し立て、王室の品格を問わねば!」


「好きにせよ、ゼルマン司教。先代の影を追い続ける哀れな男。この瞳がなくとも、おぬしの命数など容易たやすく察せるというものよ」


「なんと!? 観測者の瞳で脅しをかけるなど、前代未聞ですぞ!」


「きゃふふふふ、この程度を脅しと思うとは、い奴じゃ」


 皮肉ばかりを口にする娘の姿に、ネミディア国王が沈痛そうに表情を歪める。そばに寄り添うきさきが、たまらずに声を伸ばした。


「エウラリア、なぜ貴女はそうなのです。奇天烈な口の利き方も、横暴なふるまいも、どれだけ父と母を困らせれば気が済むのですか?」


「父上と母上には、永遠にわかってもらえぬであろうな。いまにして思えば、王室と教会が歩み寄らぬのに似ておるわ。だが、なにを言われようとわらわに変わるつもりはない」


 母子の応酬を横目に、ゼルマン司教が意地悪く唇の端をつり上げた。ばさりと法衣をひるがえし、大きく腕を広げる。


「これは、まさか親子喧嘩とは! 民を導く聖女の資質があるとは、とうてい思えませんな!」


「うっざ」


 それまで黙って座り込んでいたトリスが、不機嫌そうにつぶやいた。目を丸くして固まったゼルマン司教をしり目に、勇者に選ばれた少女が毅然と立ち上がる。


「カリブーの剣に選ばれた勇者ってのは、アタシなんだろ。だったら、アイボウも自分で決める。結果として聖女ってのがヒメサンでも、文句は言わねーよ。ただし、やり方はこっちで考える。だよな、ライラ?」


 トリスに促され、ライラも膝を伸ばした。一礼した金髪の修道女が、澄んだ碧い瞳で為政者たちを見渡す。


「私に聖女という大役が務まるかどうか、正直に言って自信はありません。でもトリスが剣を引き抜いたとき、自分の胸の中でなにかが動き出したような、不思議な高揚感を覚えました。この気持ちに嘘はつきたくないと思います。だからどうか、エウラリア姫の話を聞いてください。これは当事者の私たちが話し合い、納得して決めたことです」


 二人の少女が、中央に立つエウラリアの肩を軽く押した。そして萌黄色の髪を指先で払い、ヌアザの姫が悠々と紡ぐ。


時詠ときよみの巫女エウラリアの名において、ここにゴリアス大渓谷だいけいこくの試練を提言する」


 刹那、宮庁と聖庁の両陣営に動揺が広がった。やはり息を呑むメドラウトに、ユウリスが問いかける。


「彼女が口にしたのは?」


「ネミディア王家に古くから伝わる儀式ですわ。ヌアザの権力者同士が相容あいいれないいさかいを起こしたとき、その雌雄を決するための方法として知られていますの」


「まさか、わざわざゴリアス大渓谷まで出向くのか?」


 ゴリアス大渓谷は、ヌアザの北西に広がる山岳地帯の総称だ。数多くの怪物が棲息せいそくしており、余人の立ち入らぬ秘境として知られている。メドラウトも「ええ」とうなずきながら、釈然としない様子で続けた。


「あの地に、ガルーダの宝石と呼ばれる希少な首飾りが眠っているのはご存じ?」


「フラン・ビィの本で読んだことがある。たしか勇者がガルーダに贈ったという大きな赤い宝石だったな。それを首飾りにしたとかなんとか……だが、あれは御伽噺おとぎばなしだろう」


 神話や妖精の著作で知られるフラン・ビィの本によると、その首飾りは名前が示す通り、≪ガルーダ≫の巣にあるという。


「赤い宝石の首飾り――通称、ガルーダの宝石は実在すると聞きますわ。とはいえゴリアス大渓谷の試練はめったに行なわれませんし、わたくしも初体験でしてよ」


「だが≪ガルーダ≫は狂暴な怪物だ。人里に降りれば、畑よりも人を襲う。俺たち闇祓いですら、出会えば即臨戦態勢を取るような相手だぞ」


「あら、≪ゲイザー≫が怪物退治をするのは当然ではなくて?」


「俺たちの中にも流儀のちがいはあるさ。だが怪物共生派であっても、≪ガルーダ≫に遭遇したなら問答無用で殲滅せんめつするだろう。それくらいに危険な相手だ。百歩譲って首飾りが実在するとしても、取りに行くなんて正気じゃない」


「そうは言っても、ヌアザに伝わる伝統行事でしてよ。要は、先にガルーダの宝石を手に入れたほうが勝ちという儀式ですわ。そしてゴリアスの大渓谷に挑むのは、当人でなければなりません。この場合は、ライラと姫様になりますわね。まあ、護衛の同行も認められていますが」


「勝ったほうが聖女だと? 国の大事だろう、馬鹿げている。そんな案を国王と司教が呑むのか?」


「承諾するしかありませんわね。そのために姫様は、時詠みの巫女と名乗ったのでしょうから」


「さっきも言っていたが、ただの称号じゃないのか?」


「お静かになさい、ユウリス・レイン。姫様のお言葉ですわ」


 どうやらユウリスが口を閉ざすのを待っていたらしく、エウラリアが「うむ」と首肯した。


「儀式は三日後、慈愛の巡りの初日から開始する。しきたりに従い、わらわはコッカーサンド平原、ライラはヴァハの樹海より出発じゃ。そして先にガルーダの宝石を手に入れた者が、当代の聖女となる。繰り返すが、これは時詠みの巫女としての提言じゃ。異議がある者は、前に出よ」


 国王夫妻、三人の司教が沈黙で答える。円卓の騎士たちは、元より口をはさむ気配もない。ただゼルマン司教だけが、苦々しい表情で踏みだした。


「おそれながら、時詠みの巫女よ」


「許す。申すがよい、ゼルマン司教」


「それは公平とは言えません。ゴリアスの試練には、従者を連れていけるはず。ネミディア王家に連なる姫様は当然、円卓の騎士をお選びになるでしょう。対してライラが用意できるのは、せいぜい闇祓いか傭兵ようへい程度。怪物が跋扈ばっこする大渓谷で、この差は卑怯ひきょうではありませんか!」


 そこでハッとネミディア国王の顔が晴れやかになった。円卓の騎士は一騎当千。彼らの指揮権は王室が握っており、儀式に同行を命じることは造作もない。


「円卓の騎士メドラウトよ! 勅命ちょくめいである! 我が娘エウラリアと共に、ゴリアス大渓谷へ旅立つのだ! そして見事、ガルーダの宝石を手に入れてみせよ!」


「ちょーと待った!」


 そんな王の号令を、意気揚々と吹き飛ばす声がある。コールブランド大聖堂に介した全員の視線が向く先で――選定の勇者トリスは、にんまりと白い歯を覗かせた。


「残念ネーチャンは、ライラのお供になってもらうぜ」


「ちょっと、わたくしの名はメドラウトですわ! だいたい、円卓の騎士が姫様の敵に回るわけにはいかなくてよ!」


「でも、負けたらなんでも一つ言うこと聞くって言ったよな?」


「わ、わたくしが、いつあなたに敗北したというんですの!?」


「え、さっき負けたじゃん。あの変な武器、ぶっこわれたし。まさか騎士なのにウソつくの? どう思う、ヒメサン?」


「うーむ、わらわの目から見ても、あれはメドラウトの負けじゃったのう」


「姫様まで、ひどいですわ!」


「つーわけで、残念ネーチャンはライラのお供な。あ、ちなみにアタシもこっちにつくから。そこんとこは柔軟によろしく!」


 一方的に話を進められたネミディア国王は、「馬鹿な」とつぶやいて口元を手で覆った。ゼルマン司教は、思わぬ展開に口元の緩みを隠しきれていない。


 夫の危急を見かねた后が、残る円卓の騎士たちに視線を向けた。


「従者が複数で構わぬのであれば、騎士グワルマフイ、騎士ベディヴィア、騎士タウルフ、騎士カイウス! エウラリアと共に儀式へ!」


「きゃふふふふふ、母上、それは筋が通らぬ」


「エウラリア、なにを?」


 狼狽ろうばいする母を弄ぶように、エウラリアはクルクルと指先をまわした。


「もう一人の聖女であるライラが供を指名したのだ。ならば、わらわも同じようにせねばならぬ」


「だから母が、貴女のために――」


「わらわは、儀式の供としてユウリス・レインを指名する」


 ユウリスが驚愕きょうがくあらわにするよりも早く、さらにトリスとライラが言葉をかぶせた。


「で、ジョーケン追加な。負けたほうは、勝ったほうの言うことをなんでも一つ聞くってことで」


「勝負です、ユウリス様!」


 選定の台座から跳び下りたエウラリアが、自らの従者となった闇祓いの青年に歩み寄る。


「ま、そういうわけじゃ」


 そしてヌアザの姫巫女は、常盤色ときわいろの瞳で悪戯いたずらっぽくユウリスを覗き込んだ。


「よろしくのう、ユウリス・レイン」

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