08 コールブランド大聖堂の戦い

「ごめんあそばせ、殿方を喜ばせる作法は存じ上げなくてよ。目の醒めるような屈辱と、夢に見るような汚辱、そして年下の美少女に負ける恥辱を味あわせてあげますわ」


 支柱にのめりこんだ体を腕で持ち上げ、ユウリスは石床に着地した。


 そこにライラとトリスの声が響き渡る。


「ユウリス様、回復を!」

「ニイチャン、加勢するぜ!」


 駆け寄ってこようとする二人を認め、ユウリスは片手で制した。


 不意打ちに近い一撃とはいえ、メドラウトの強さは痛いほど身に染みる。下手に人数が増えたところで、太刀打たちうちちできる相手ではない。


「俺は大丈夫だ。二人とも、シスター・ケーラを頼む」


 ユウリスは胃液を床に吐きだし、悠々と近づいてくるメドラウトを見据えた。


「いきなり過激な挨拶あいさつだな。円卓の騎士メドラウト卿、貴女の噂は聞いている」


「あら、よくってよ。わたくしを褒め称えなさい!」


「ダグザの王アクトルスの娘。最年少で円卓の騎士に選ばれた才媛さいえん――それが、なぜ俺を狙う?」


 それを聞いたメドラウトが、不快そうに眉を寄せる。単純に自分を称賛する言葉が少なかったのが原因だが「まあいいですわ」と流して、彼女が再びハルバードを振りかざした。


 先端に斧、穂先ほさきに槍、反対側に鉤爪かぎづめが光る重量の大きい武器だ。


 ユウリスは油断なく剣を構え、腰を深く落とした。


「俺はディアン・ケヒトの闇祓いだ。円卓の騎士は、女神ダヌに仕える同志だと聞いている」


「それを教えたのは、ガラードきょうではなくて? 残念ながら彼は、長くノドンスの地を踏んでおりませんわ」


「ガラード卿が、ここにいない?」


「そうでなくとも、それもあれど、それだからこそ、あなたには罪を問わねばなりません!」


「イラつく三段活用だ」


「我が父アクトルスに、毒婦どくふをあてがった咎があるでしょう」


「グィネヴァか」


「あの毒婦をきさきに迎えて以来、ルアド・ロエサは荒れに荒れ、断頭台が血に濡れぬ日はないと聞きますわ」


「ならば娘として、父をいさめたらどうだ?」


「それができたら苦労はいたしません。すでにグィネヴァは、父とのあいだに双子の王子と王女を儲けています。ここでわたくしが帰国すれば、後継者争いの火種になるのは必至でしょうに」


「その混乱を、グィネヴァが見逃すとは思えないわけか。だが、この戦いに意味はない」


「意味? あら、ご褒美がほしくて? ええ、わかりますわ、理解できます、承服します!」


 メドラウトが、頭上でハルバードを旋回させた。停滞した空気が渦を巻き、コールブランド大聖堂が鳴動する。


 耳鳴りに顔をしかめながら、トリスが苦しそうにうめいた。


「あの、ですわネーチャンってナニモンだ?」


 ですわネーチャンという言い回しに思わずふきだしながら、ライラはうなずいた。


「円卓の騎士とは、ヌアザが誇る最強戦力の総称です。武に秀で、知に富み、礼節と作法を重んじる――」


「レーセツって、アイツすっげーシツレイじゃん?」


「自称円卓の騎士ですから、そもそも本物かどうかわかりません」


 二人の少女は自然と、傍らのシスターに目を向けた。ノドンスに勤めている彼女なら、メドラウトが本物かどうかわかるかもしれない。


 ケーラは困ったように笑いながら、目を泳がせた。


「残念ながら、あのお方がメドラウト卿です」


「たしかに残念な感じですね……」


「なにそれ、ウケル。ですわじゃなくて、残念ネーチャンって呼ぼうぜ」


 残念なメドラウト卿は、外野の声など気に留めることなく踏みだしていた。大振りのハルバードは威力が大きい分、動きは単調になる。しかし円卓最強を自負する姫騎士の技量が、ただの横薙ぎを必殺の一撃に変えた。


「わたくしに勝てたら、なんでも願いを一つだけ叶えて差し上げますわ!」


 空気の断層を断ち切り、斧が豪快に奔る。床の塵が舞い上がり、吹き荒れる旋風。一挙一動に込められた無邪気な戦意が、絶対の破壊となってユウリスに襲いかかる。


「このメドラウトに、ここまで言わせる幸福、幸運、幸甚を噛みしめて、屈服あそばせ!」


「俺の願いは単純だ、メドラウト卿!」


 ハルバードの軌道を見極めたユウリスは、踏みだすことなく跳躍した。さらに背後の支柱を蹴り、破邪の力で強化された身体が宙を舞う。メドラウトの頭上を飛び越え、その背面で剣の柄をかかげる。


 狙うは姫騎士の首筋。


 落下の勢いに任せて、頸椎に衝撃を与えようと振り下ろす。


「この不毛な戦いを終わらせる!」


「不毛、不要、不快、どれもわたくしとは無縁の言葉ですわ!」


 ハルバードを払った遠心力を利用し、メドラウトが踊る。まるで氷上を舞う乙女のように、流麗に旋回。彼女は背面の相手を視界にも入れぬまま、感覚だけで戦斧の長い柄を振るった。


 棒の先端がユウリスの剣を叩き、その軌道を逸らす。


「こいつ!?」


 天賦の才。


 まさにメドラウトは、戦いの申し子だった。


 戦斧の柄に弾かれたユウリスが、危うい態勢で着地する。同時に振り向いた円卓の姫騎士は、武器を手放して空手を突きだした。


「この程度でわたくしに求婚しようなんて、片腹痛いですわ!」


「求婚など――」


 ユウリスが反論するよりも早く、彼の腹部をメドラウトの掌底が突く。空気が破裂する音と、相当の衝撃に晒されて――白目を剥いた闇祓いの青年が、たたらを踏んだ。


 軽やかに一歩下がった姫騎士が、落ちかけたハルバードの柄に再び手をかける。


「なんでも願いが叶うと言われて、殿方が思い描く理想は一つだけ!」


「メド、ラウト卿ッ!」


 途切れそうな意識をなんとかつなぎとめ、ユウリスは苦し紛れに剣を振るった。しかし切っ先をハルバードに容易く払われ、反撃の糸口すら見つからない。


 さらにメドラウトは深く腰を落とし、戦斧を引き絞るように後方へ流した。


「熱烈に、強烈に、猛烈に、わたくしを我が物にしたいと思うのは、殿方として当然のこと!」


「話しを聞け!」


「その欲求、欲望、欲情、決してさげすみはいたしませんわ!」


 これまでとは比較にならないほどの力強さで、メドラウトはハルバードを振り払った。下手な回避は死につながる――そう判断して、ユウリスは果敢に踏み込んだ。


 姫騎士の放った横薙ぎに対して、闇祓いの剣は上段から振り下ろす。


 二つの刃がかち合い、木霊する金属。


 姫騎士と闇祓いが、互いを見据えながら唾を飛ばし合う。


「このメドラウトが欲しければ、英雄、英傑、英霊の如き強さを身につけなさい!」


「くそ、あとで文句を言うなよ――聞くつもりがないなら、黙らせてやる!」


 武器同士が接触した瞬間、ユウリスは刃を滑らせた。沿った戦斧に刀身を這わせ、力の流れに逆らうことなくメドラウトの側面に回り込む。


 しかし、そこでハルバードがくるりと回転した。斧刃の反対に備わった鍵爪が、闇祓いの剣を絡めとる。


「強引な殿方が好まれたのは古き時代の話。此度は、わたくしがエスコートして差し上げますわ!」


 鍵爪を強く引いたメドラウトが、同時に回し蹴りを叩きこむ。再び腹部に強烈な打撃を受けたユウリスだが、今度は痛みをバネにして足を前に踏みだした。肉薄と共に、そのまま大きく首を逸らし――頭突き。


 直撃したが、姫騎士は余裕の笑みを浮かべる。


「わたくし、頭の固さには定評がありましてよ!」


「みたいだな!」


 ユウリスは額に血をにじませながら、彼女の耳に手刀を放った。人間の側頭骨には、平衡感覚を狂わせる急所が存在する。


 しかし指先が届く前に、メドラウトが後方に跳躍した。


「乙女の耳に触れようなんて、破廉恥ですわ!」


「額をぶつけあった仲だろう!」


 追撃しようとするユウリスを、ハルバードの穂先が牽制する。


 闇祓いと姫騎士が刃を交える様を、トリスは息を呑んで見守っていた。


「なあ、ライラ。残念ネーチャン、腕が太いわけじゃないだろ。あんなデカい武器、どうやれば片手で振り回せるんだ?」


「トリスは、マナという力を知っていますか?」


「知らん。食えるの?」


「食べられません。マナは人間種族の内に宿る、潜在的な力です。その巡りが神経や筋肉に作用し、本来の身体機能を超えた力が発現するのだと言われています」


「じゃあ、ニイチャンが残念ネーチャンに力負けしてるのって、そのマナがちがうせいか?」


「マナは努力して伸ばすこともできますが、やはり生まれついての総量は無視できません。メドラウト卿とユウリス様では、天性の才に差がありすぎるようです」


「うわ、ニイチャン、ほんとに一人で大丈夫かよ……って、あれ、シスターのネーチャンは?」


「先ほど誰か呼んでくると言って、そのままいなくなってしまいました」


 シスターが走り去ったのは少し前のことだが、いまだに戻る気配はない。


 コールブランド大聖堂の戦いは、さらに苛烈さを増していた。


 かちあっては離れる金属音は、残響の余韻が消えぬ間に次の逢瀬を結ぶ。


 嵐のようなハルバードの猛攻に、闇祓いの剣は受け身にまわっていた。


 ライラとトリスは互いにうなずき合い、大きく息を吸い込んだ。そして息を切らしたユウリスに、二人の少女から声援が飛ぶ。


「ユウリス様、がんばってください! 勝ったら、たくさん褒めてあげますから!」


「勝てよ、ニイチャン! そんな残念ネーチャン、ぶっとばしちまえ!」


 ハルバードの間合いから距離を取ったユウリスは、思わぬ激励げきれいに目を見開いた。


 正直なところ、限界は近い。


 破邪の力も消耗が激しく、全身に纏う蒼白の光も揺らめいていた。対して目の前のメドラウトは、息一つ切らしていない。圧倒的な力の差を覆す方法など、なに一つ浮かばない――それでも、自然と笑みがこぼれる。


「はっ、まったく、あの二人は……簡単に言ってくれるな」


「先ほどから気になっていましたが、残念ネーチャンって、まさかわたくしのことですの!?」


 メドラウトが睨みつけても、二人の少女が応援をやめることはない。ただがむしゃらに、友人の背中を押したい一心で、ライラとトリスは声を枯らしていた。


 それがどうしようもなく、ユウリスの胸を熱くさせる。


「メドラウト卿」


「ちょっとユウリス・レイン! あのお子様たちはあなたの連れでしょう! いったいどういう教育を――」


「この勝負、俺が勝たせてもらう」


「なんですって?」


 それ以上は応えず、ユウリスは瞼を閉じた。


 破邪の光も消し、ゆっくりと呼吸を落ち着ける。憤慨したメドラウトの声とハルバードが虚空を薙ぐ音だけが、鮮明に鼓膜を揺らした。


「このわたくしを倒すと宣言した舌の根も乾かぬうちに、破邪の輝きまで無くすとはいい度胸ですわ! その慢心、傲慢ごうまん驕慢きょうまんは高くつきますわよ!」


 メドラウトが、一気に距離を詰める。


 敵を目の前にして視界を閉ざすという愚行を見逃すほど、甘くはない。


 しかし油断はせず、剣の間合いより外から戦斧を振り上げる。打ち下ろすのは、縦の一撃。例え左右のどちらに避けようとも、返した槍で薙ぎ払う。あるいは背後に逃げるつもりなら、突き刺すのみ。


「やああああああああああああああああああああああああああああ!」


 すべての音を聞きながら、ユウリスの意識は己の内側に注がれていた。


 全身を巡る血潮の奥、心臓よりも深い場所。鼓動すらも遠のく、肉体と精神の境界線――その彼方に滾る、絶対零度の情熱。あるいは霊力。破邪の輝き。


 女神の加護と名づけられた火が灯る、魂の深淵しんえん


「闇祓いの作法に従い――」


二番煎にばんせんじですわ!」


 ユウリスはまぶたを押し上げ、眼界を取り戻した。


 全身を再び蒼白の輝きが覆い、瞳が群青に染まる。その焔は一瞬だけ燃え上がると、すぐに彼の肉体へ収束した。猛々しい力の奔流を、神経の一つ一つに流し込んでいく。先ほどよりもはるかに鋭敏化された感覚、流麗な身のこなし――それが集中を極めた闇祓いの作法における、深化しんかの証左。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 目の前に迫るハルバードを、恐れはしない。


 ユウリスはためらわず、勇敢に踏み込んだ。


 同時に、片腕に古の紋章が浮かび上がる。これは影なき者の証。闇祓いの秘儀。そして発現する力の名を、雄々しく唱える。


「響け!」


 片腕に古き時代の刻印が青く浮かび上がり、その輝きから破邪の波紋が広がる。


 不可視の共振に晒された周囲のすべてを、ユウリスの五感が支配した。


 敵の動き、武器の軌道は言うに及ばず、舞い上がる塵の数すらも把握して、時間を超越した意識が未来を予測する。


 頭上から振り下ろされた戦斧の一撃に、彼は剣を奔らせた。火花が散り、金属の削れる不協和音が響き渡る。しかしメドラウトの気勢きせいがれることない。豪快に床を叩き割ったハルバードの刃先から、彼女の身に宿る魔力の奔流ほんりゅう稲妻いなづまのようにほとばしる。


「まだまだ、いまから、ここからですわあああああああああああああああああああああ!」


 さらにハルバードの柄が、ぐわんとしなった。慣性の法則を腕力で捻じ曲げたメドラウトが、無理やり穂先を薙ぎ払う。ユウリスは構わず、前のめりに突進した。剣は掲げず、速度を優先して切っ先を背後に流す。


「ここからは、俺の間合いだッ‼」


 闇祓いの秘儀が、槍の軌道を読み切った。大きく前傾姿勢を取ったユウリスの頭上を、ハルバードが抜けていく。ぎょっと顔をこわばらせたメドラウトが、背後へ跳躍した。


 しかし同じ速度で、闇祓いの剣が追いすがる。


「ユウリス・レイン‼」

「メドラウト‼」


 その叫び合いに意味はないが――先に声を詰まらせたのは、メドラウトのほうだった。距離を詰めたユウリスが、彼女のみぞおちめがけて刀身を薙ぎ払う。しかし刃は立てず、叩きつけるのは剣の腹。裂傷の危険はなくとも、闇祓いの作法で強化された一振りは強烈だ。


 会心の一撃を受けた円卓の姫騎士が、固い床に背中を弾ませる。


「――がはっ!?」


 唾液だえきを吐き散らすメドラウトに、すかさずユウリスが覆いかぶさる。彼女の腹にひざを押し込み、その喉元のどもとに剣をあてがう。


「終わりだ、メドラウト卿」


「……ユウリス……レイン……はっあああああああああああああああああああ!」


 唐突に、がばっとメドラウトが上半身を起こした。泡を食ったユウリスが、剣を引く――この瞬間を、彼女は見逃さない。ハルバードの柄で彼の頬を叩き、無理やり押し返す。


 その光景を目にしたトリスとライラが、抗議の声を上げた。


「あ、ズルいぞ、残念ネーチャン!」


「そうです、ユウリス様の優しさにつけ込みました!」


「お黙りなさい!」


 外野の非難を一喝いっかつして、メドラウトはすばやく起き上がった。その首筋には、うっすらと皮の切れた痕が残っている。しかしユウリスが寸前で刃を遠ざけたおかげで、大事にはいたっていない。


「哀れみ、優しさ、切なさ……いえ、切なさは関係ありませんわね。なんにせよ、いま剣を押し込んでいれば、わたくしの喉は切られていましたわ。日和ひよりましたわね、ユウリス・レイン!」


 メドラウトは唾を飛ばしながら、立ち上がろうとするユウリスに容赦なくハルバードを振るった。膝を伸ばそうとすれば槍で制し、剣をかかげれば鉤爪で絡め、隙を見せれば戦斧を叩きこみ、壁際へ追い詰めていく。


「イカレているのか、メドラウト卿! 殺し合いをするもつもりはない!」


 ここまで付き合ったユウリスだが、いまだに戦いの意味を見いだせない。言葉の抵抗は虚しく、身に宿した破邪の焔に乱れはじめる。闇祓いの作法を顕現するための源泉――霊力が底をつこうとしていた。


 さらにトリスが、目を見開いて赤毛を掻きむしった。


「ああああああ、ヤバイヤバイ、ニイチャンの剣が!」


 ハルバードの猛攻に耐え切れず、ユウリスの剣に亀裂が生じる。ついに壁際まで追い詰められた彼の姿に、トリスがたまらず飛びだした。


「オマエ、ちょっといい加減にしろよな!」


「トリス、援護します!」


 普段なら止める側のライラも、いまばかりは同時に走りだす。掲げた両手に魔力を集中し、練り上げる法術。トリスが背中の剣を抜くのに合わせ、金髪の修道女が厳かに唱える。


「――穢れなき導よ―――

 ――I will fear no evil―――

 ――        ――!」


 ライラの法術が暴風を呼び、トリスの身体を宙に押し上げた。高く舞った赤毛の少女が、メドラウトの頭上から襲いかかる。


 かかげた剣に持てる力のすべてを込めて、雄叫びと共に振り下ろす渾身の一閃。


「ニイチャンから、離れろおおおおおおおおおおおおおお!」


「お子様の出る幕ではありませんわ!」


 メドラウトが踊る。流麗に四肢を伸ばし、ユウリスを牽制けんせいしながら旋回――姫騎士の戦斧が薙がれ、トリスの剣とぶつかりあう。


 互いに苛烈、譲る気など欠片もない覚悟の一撃だ。


 しかし二振りの刃が交わった刹那、ライラの悲鳴が木霊する。


「駄目、トリス、剣が!」

「うげッ!?」


 武器自体の強度は、ハルバードがはるかに勝っていた。ライラの刃が砕け、眼前を斧刃が抜けていく。さらにメドラウトは流れるような動作で身をひねり、相手の腹に回し蹴りを叩きこんだ。


 その衝撃に吹き飛ばされた少女の喘ぎが、大聖堂に響き渡る。


「ぐあ、あああああああああああっ――!?」


 トリスが支柱に叩きつけられる寸前、その体をライラが抱き留める。落ちてきた岩石を受け止めるかのような痛みに、また新たな悲鳴が木霊した。


 咆哮ほうこうを上げたユウリスが、前のめりに起き上がる。すでに消耗は激しいはずだが、突き放つ剣の精彩に翳りはない。彼の身に纏う闇祓いの焔が、猛るようにほとばしる。


「正気か、メドラウト! 相手は子どもだぞ!」


「剣をかかげて挑む者は、すべからく戦士! 油断は彼女に対する侮辱、侮蔑、侮慢というものですわ!」


 直情的な闇祓いの剣を、メドラウトは難なくハルバードの柄で弾いた。そのまま戦斧を翻し、とどめの一撃を放とうとした――瞬間、ユウリスが剣を捨てる。


 彼の身体が華麗に舞い上がり、姫騎士の鼻っ柱にブーツの先端を突き上げた。


「もう黙れ! お前はここで倒す!」


「このわたくしを、足蹴あしげにした!?」


 鼻血をき散らしながら目をつり上げるも、メドラウトはよろめいた。軽い脳震盪を起こし、視界が定まらない。上下の間隔も曖昧で、吐き気がこみ上げてくる。それでも彼女は、淑女の矜持にかけて胃液を呑み込んだ。


 霞んだ視界の向こうでは、ユウリスが剣を拾い上げているのが見える。


「その意気を最初から発揮していれば、お子様たちが痛い思いをすることはなかったでしょうに!」


「黙れと言ったぞ、メドラウト!」


 ユウリスの構えた剣に、闇祓いの焔が収束する。ひび割れたミスリルの刃はすでに限界を迎えているが、構いはしない。身を寄せ合うライラとトリスが、声の限り叫んだ。


「ユウリス様、決めてください!」

「やっちまえ、ニイチャン!」


 眼前から感じる必殺の気配に、メドラウトは瞼を落とした。


 使えない視界なら、頼らないほうがいい。

 闘争の記憶は、肉体に染みついている。


 ハルバードの扱いかたも、戦いの所作も、すべてを感覚と経験に任せて、円卓最強の姫騎士が踏みだした。


「いざ、勝負ですわ! ユウリス・レイン!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ユウリスは間合いの外から、剣を薙ぎ払った。


 刀身から破邪の輝きが溢れ、放たれるのは蒼白の波動。空間を飛翔する霊力の斬撃が、距離を越えてメドラウトに襲いかかる――その気配を、彼女は鋭敏な感覚で捉えていた。ハルバードが清雅に弧を描き、斧刃に魔力の胎動が沸き上がる。


 闇祓いの奥義と姫騎士の舞踏ぶとうが交わり、そして勝負は決した。

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