11 怪物の正体

 ウッドロウから正式に人狼退治を依頼された夜、再び家畜が襲われた。


 被害に遭ったのは前回と同じ厩舎きゅうしゃのモームだ。寝ずの番の証言によれば、≪ライカンスロープ≫は子供のモームを柵から引き摺り出し、瞬く間に森へ消えたという――それが昨晩の出来事だ。


 翌朝、子供たちの小屋でオスロットから事のあらましを説明されたユウリスは、双子と顔を合わせて眉をひそめた。


「それ、見張りの意味あったの?」


「怪物が一枚上手だったとしか言えん。人狼は建物に侵入するまで物音ひとつ立てず、騒ぎが大きくなる前に獲物を引き摺って森へ逃げた。痛手を負った前回の教訓を活かしたということであろう。あの厩舎は広すぎるのだ」


 オスロットが渋面で呻く。


 ドロシーとエドガーは朝食のパンを口に運びながら、同時に肩を竦めた。双子の姉は呆れたように、弟は悩ましげに非難を口にする。


「なんか怪物が頭を使っているのに、人間に進歩がないって変なの。本当に捕まえる気ある?」


「普通の村人に≪ライカンスロープ≫をどうこうするのは難しいだろうけど、せめて通りそうなところに罠をしかけるとか、網で厩舎を覆うくらいはしても良かったんじゃないかな」


「私に文句をつけるな、案があるならウッドロウ陛下に言わんかい!」


 唾を飛ばすオスロットから顔を背け、双子は何食わぬ顔でスープを口いっぱいに頬張った。相変わらずレイン家の子供たちは祖父が苦手だ。


 ユウリスも話題を変えようと、向かいの席で腸詰肉ちょうづめにくをかじるウルカに水を向けた。


裏狐うらぎつねの霊薬で、怪物の痕跡を追えないかな。持ってきてる?」


「……………………」


「あの、ウルカ?」


「……………………ちっ」


 舌打ちのあとに返る言葉はなく、屋内に重い空気ばかりが漂う。大人しく野菜を口に運んでいたサヤが、心配そうにユウリスの袖を引いた。


「ウルカおねえちゃん、おなかいたい?」


「違うよ。俺が自力で破邪の力を取り戻したから、ねているんだ。昨日の夕方も今朝も、まだ妖精の泉へ連れて行かれる。もう闇祓いの作法は使えるのに」


 その瞬間に机が大きく揺れ動き、ユウリスが悲鳴を上げる。誰かの――おそらくはウルカのつま先が、少年のすねに突き刺さった。


「痛っ――――!」


 涼しい顔で食事を続けるウルカを横目に、オスロットが口髭くちひげを撫でて溜息を吐く。


「ゲーザーよ。私が言えた義理ではないが、お前は大人気ないのではないか?」


「たしかに、お前に言われる筋合いはない。忌み子だー、呪われた子供だー……で、今度は手のひら返しで同情か。いい加減にしろ、クズ野郎」


「ウルカ、その話はやめて」


 たしなめたユウリスの皿から腸詰肉を奪い取り、ウルカは不機嫌そうに鼻を鳴らした。忌み子の真実は、サイモンから話を聞いた三人だけの秘密だ。ドロシーとエドガー、サヤに心配をかける必要はない。


 オスロットは咳払いをして場を仕切りなおすと、誰にともなく声を伸ばした。


「それで、これからどうする。人狼退治は受けた。我々は行動しなくてはならん。≪ライカンスロープ≫とやらが村人の誰かなら、ひとりひとり確かめればよい。私の剣は怪物の腹に傷をつけた、痕が残っているはずだ」


 いや、と真っ先に否定の声を上げたのはウルカだ。彼女はパンにマルフェタのジャムをたっぷりと塗ってかじりつくと、行儀悪く背もたれに寄りかかりながら首を左右に振った。


「人狼の回復力は尋常じゃない。翌日ならともかく、四日も経てば銀の武器で受けた傷も回復しているだろう。恥をかくのがオチだ、やめておけ」


 邪険にされたオスロットは、フォークを握り締めたまま机を叩いた。長旅で大人二人の喧嘩にも慣れてしまった双子は、素知らぬ顔で食事を続ける。


 しかし悲しげに表情を曇らせるサヤを、ユウリスは放っておけない。


「妖精の泉、これからは文句を言わずに通うよ。それから力を取り戻せたのはウルカのおかげ。本当に感謝している。≪ライカンスロープ≫の襲撃だって、俺たちだけじゃどうにもならなかった。他の≪ゲイザー≫は知らないけれど、俺の師匠は世界一だよ。だからお願い、人狼を探すのに力を貸して?」


 お世辞なのは百も承知だが、それでもウルカは弟子の褒め言葉にまんざらでもない様子で、ふん、と愉快そうに鼻を鳴らした。


「家畜が襲われた昨晩、裏狐の霊薬を使用した。森で気配が途切れるかとも思ったが、今回は運がいい。≪ライカンスロープ≫の正体は掴めた。フォースラヴィルの村人だ」


 ドロシーが野菜をユウリスの皿に押し付けているのを横目に、エドガーは裏狐の霊薬について問いかけた。同時にオスロットは、犯人がわかっていながら朝まで放置していたのかと憤る。


 紅茶のカップを掲げたウルカは、適当に相槌あいづちを重ねた。


「裏狐の霊薬は、怪物の痕跡を可視化する秘薬だ。さっさと怪物を倒さなかった文句は、ユウリスに言え。私ひとりなら、もう終わらせていた」


「俺……?」


 不意に水を向けられたユウリスは、わけがわからないまま目を瞬かせた。そもそも≪ライカンスロープ≫の正体を突き止めたというのが初耳だ。


 疑問符を浮かべる弟子に、ウルカが意地悪そうな笑みを浮かべる。


「人狼を探す手伝いをしろと言ったな。つまり退治ではなく、まずは調査というわけだ。≪ライカンスロープ≫の正体が村人である可能性を考慮すれば、お前は同情するだろうと思っていた。これ以上、心の病が悪化しても面倒だ。今回は弟子のやり方に付き合ってやる。ユウリス、方針を決めろ」


 ウルカの思わぬ配慮に、ユウリスは言葉を失くして唇を引き結んだ。こんなときに優しくするなんてずるい――目頭が熱くなる衝動を必死で抑えて、いまは師の期待に応えなければならない。


「ありがとう、ウルカ」


 そして深呼吸をしたユウリスは、まずは誰もが知りたがっている謎の答えを求めた。


「それで、人狼の正体は誰なの?」


「すでに答えたようなものだ。フォースラヴィルの住人、ブレグ村のじゃない。それに私たちと同じ余所者よそもの扱いで、村の防衛にも参加しない外部からの流入者。ここまで言えば、もうわかるだろう」


 ユウリスばかりか、ドロシー、エドガー、オスロットもひとりの男を脳裏に描き出した。難しい話しについていけないサヤだけが、蚊帳の外で不満そうに腸詰肉にかじりついている。


 ウルカは気負いもせず、淡々と人狼の正体を告げた。


「宿屋の主人チャドェン――あの男が、お前たちを襲った≪ライカンスロープ≫だ」

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