16 ドリュアスの挑戦

「ワタシはドリュアス。ルアン・シーゼの番人。イっしょニ遊ぼう」


 ドリュアスは樹に宿る精霊の名だ。人間に友好的な存在として知られており、劇や吟遊詩人の歌にも多く登場する。


 魔力を霧散させたカーミラは、両手を広げて前にでた。蜜種みつだねのついた枝を探している旨を告げて、なんとか譲ってもらえないかと交渉に入る。


「あゲてもイイ」


「ありがとう!」


「デもワタシと遊んデかラ」


 カーミラとユウリスは顔を見合わせて肩を竦めた。


 つまりドリュアスの退屈しのぎに付き合わなければ、穏便に目当ての素材を手に入れることはできないらしい。


「どうする、ユウリス?」


「いいんじゃないかな。ドリュアスが人間に危害を加えるのは、本体の樹を切られそうになるときくらいだってウルカからも聞いている。どんな遊びかわからないけど、俺は構わないよ」


「オ前イイやつ」


 ドリュアスの蔦が伸び、ユウリスの黒髪をそよぐように撫でた。意中の彼に異論がなければ、カーミラも反対する理由はない。二人とも精霊の遊戯に興味津々だ。そんな少年少女に、大樹の精霊は満足そうに頷いた。


「遊ブ。いっしょニ遊ぶ。こレ」


 ドリュアスは樹の根から、ひとつの遊戯盤ゆうぎばんを取り出した。草の上に置かれたのは、縦八マス横九マスに区切られた木製の板だ。


 向かいに腰を下ろした大樹の精霊と、少年少女の声が重なる。


「えぴタフ」


「エピタフ⁉︎」


「エピタフじゃない!」


 二人の驚きにも構わず、ドリュアスは駒の配置をはじめた。どこから取り出しているのかと思えば、周辺の草に散らばっているようだ。


 陽気に鼻歌を奏でながら準備を進める大樹の精霊を前にして、ユウリスは不安げに表情を曇らせた。


「エピタフに勝たないと、蜜種のついた枝はもらえないってこと?」


「ソンナ意地悪はシない。勝ってモ負けテモあゲル。デモ――」


「でも?」


「ワタシが勝ったラ賞品ほシい。モらウ」


 なにを、と視線で問うユウリスとカーミラに、ドリュアスは唇をすぼめた。


「お前タち口を吸いアってた。ワタシもアレやル。口吸ウ。ワタシ女。黒髪のお前ノ口吸う」


「わたしたちを見てたの⁉︎ ていうか、そんなのダメに決まってるでしょう!」


 ドリュアスの要求に、カーミラが激怒した。一瞬で魔力が暴発し、周囲の植物が暴風に煽られる。ぎょっとするユウリスに構わず、赤毛の少女は昂ぶる感情のままに捲くし立てた。


「ユウリスの唇に指一本でも触れて見なさい。この辺り一帯、焼け野原にしてやるわ。彼は、わたしのものよ。ふざけたこと言わないで!」


「カーミラ、落ち着いて!」


 彼女の肩を掴んだユウリスは、慌てて制止した。ドリュアスを怒らせると、蜂をけしかけられるという逸話は有名だ。


 しかし大樹の精霊はしゅんと項垂れ、膝を抱えていじけてしまう。


「怒っタ。赤毛怖イ。枝あげナイ」


「なによ、わたしが悪いって言うの!?」


「カーミラ!」


 いまにも食ってかかりそうな勢いの幼馴染をたちなめたユウリスは、すばやく思案した。逆の立場なら自分も間違いなく止めているだろう――カーミラの激情は理解できる。しかし頼まれた仕事を簡単には放棄できない。


「蜜種のついた枝、他を探せそう?」


「それは……ちょっと難しいわね。≪トレント≫に協力をあおげるのは、一度きりだから。少し日を空けないと、次の頼みごとはできないわ」


 それはつまり、グィネヴァ王女がねずみの姿から人間に戻るまでの期間がのびるということだ。仲間を殺傷してまで逃げようとした彼女が素直に身柄を預けてくれるかどうかはべつとして、戦争という大事が絡んでいる以上は悠長に待てる状況でもない。


 諦めたように溜息をついたカーミラは、しょうがないわね、と鞄から麻袋を取り出した。


「キルケニー先生に私物を預けるのが嫌で持ってきたけど、まさかエピタフのこまがこんなところで役に立つなんて思わなかったわ」


「それ、沼地の途中で見せてくれたカーミラの持ち駒?」


「わたしが誇る最強の軍団よ。ドリュアス、駒は持参したのを使ってもいいのかしら?」


 半べそをかいていた大樹の精霊が、顔を上げて頷いた。


 カーミラが大きく息を吸い込む。冷たい空気を肺に満たして身を引き締めると、彼女はドリュアスの正面に腰を下ろした。そして自慢の駒を麻袋から摘み上げ、不敵な笑みを浮かべる。


「言っておくけど、真剣勝負よ。手加減なんかしてあげないんだから」


「真剣勝負スき。ヤル。遊ブ。黒髪ガ賞品」


「つまり勝ったらわたしもユウリスをもらえるの?」


「モラえル」


「やる気が出てきたわ!」


 俺の意思は――というユウリスの真っ当な意見を無視して、魔女と精霊の盤面遊戯は幕をあげた。


 勝負の基本は、駒の移動だ。互いに一手ずつ駒を動かして、止まったマスに相手の駒があれば排除できる。排除された駒は、特別な理由がなければ復活できない。


 そして対戦者が保有する王の駒を落とせば、勝利が確定する。


 駒は人間、怪物、妖精、魔法の四種類。駒の背中には特別な能力が彫られている場合があり、秘められた効果は多岐に渡る。


「ドリュアス、駒の位置がマスからずれているよ。蔦の手だと置きにくいのかな。並べるのを手伝うよ」


「ありガトう」


 使用する駒は全部で十二体。


 最初に王を含めた十一の手勢てぜいを配置し、余りのひとつは伏兵ふくへいだ。対戦中、自分の好きな頃合いで使用できる。


「カーミラは魔女の軍勢だよね」


「ええ、この軍隊を揃えるのにはずいぶんと苦労したわ」


 カーミラ陣営。

 王――主君の駒。効果を受けない。移動不可。

 水脈の魔女ウェンディ――人間。一度だけ指定列の駒をニマス押す。

 紅蓮の魔女サマラ――人間。正面ニマス先の駒を排除できる。

 次元の魔女クロエ――人間。一度だけ自分の駒二体を位置交換する。

 命脈めいみゃくの魔女セフィア――人間。排除された瞬間に一度だけ場に蘇る。自動発動。

 風鈴ふうりんの魔女シルフィ――人間。魔女の駒は移動が一マス増える。自動発動。

 地震の魔女ガーナ――人間。次の一手、相手の駒は移動できない。

 騎士ローラン――人間。ニマス移動。

 ケット・シーの加護――魔法。一度だけ指定した駒の身代わりになる。

 マミィの埋葬まいそう――魔法。排除された駒を二手先で盤面に復活させる。

 聖剣デュランダル――魔法。ローラン専用。一度だけ移動が三マス増加。

 その他、伏兵の駒が一体。


「この最強の布陣なら、わたしの勝利は間違いなしよ!」


「ローランとデュランダルで五マス移動が凶悪だよね。でも、ドリュアスのほうもすごい。この妖精の女性は、はじめて見るな。なんだろう?」


「ユウリス、これ妖艶ようえんなモルガンよ! すごい、わたしもはじめて見たわ!」


「オ宝」


 ドリュアス陣営。

 王――主君の駒。効果を受けない。移動不可。

 妖艶なモルガン――妖精。一度だけ敵の駒二体を三マス移動させる。

 運命のプーク――妖精。一度だけ一番近い敵の駒のマスに移動する。

 運命のプーク――妖精。一度だけ一番近い敵の駒のマスに移動する。

 運命のプーク――妖精。一度だけ一番近い敵の駒のマスに移動する。

 トレント――怪物。移動時、隣接する駒も一マス進める。自動発動。

 猛毒のフングス――怪物。一度だけ正面横三マスに毒を

 ワイバーン――怪物。効果以外で排除されない。ニマス移動。飛翔。

 巨大なベヘモス――怪物。正面と左右のマスを通過不可。自動発動。

 ケット・シーの加護――魔法。一度だけ指定した駒の身代わりになる。

 運命の石櫃せきひ――魔法。一度だけ排除された魔法を使用する。

 その他、伏兵の駒が一体。


「基本的に敵を押し留めて、排除していく感じかしら。トレントの効果で一斉に動かされるのも地味に嫌ね。ユウリス、どう思う?」


「ベヒモスとフングスが揃うと厄介かな。毒になった駒同士は隣接すると排除になるから、避けようとすると盤面の片側が完全に潰れる。突破しようとしても、移動範囲の広いワイバーンが面倒くさい。飛翔の効果で他の駒があっても飛び越えて動くから、打点が高いと思う」


 駒を並べ終えると、カーミラはさっそく勝負の開始を宣言した。彼女の指が最初の駒を摘み上げ、盤面を移動する。一手目は、星の杖をかざした魔女だ。


「先手は挑戦された側よ。つまりわたしからいくわ。命脈の魔女セフィアを前進。風鈴の魔女シルフィの自動効果で、魔女の駒は一気にニマス進めるわ!」


「プークの能力ヲ使う。転位。イちバン近イ相手の駒ト同じマスに移動。命脈の魔女ヲ落とス」


「命脈の魔女の効果発動。排除された瞬間、一度だけ同じマスに蘇る。これでプークは脱落ね。いまのは自動効果だから、次はわたしの番よ。ローランを前進」


「次はワタシ。トレントを使っテ前進。自動効果デ隣接スル駒も前進」


 基本的に効果持ちの駒は入手難易度が高い。


 カーミラは持ち前の経済力で駒を揃えているが、ドリュアスの軍団も負けないくらいに稀有けうな逸品が揃っている。それが不思議で、ユウリスは首を傾げた。


「ドリュアスは、この駒をどうやって揃えたの?」


 そもそも人間の娯楽だ。どこで遊び方を覚えたのかも気になる。二体目の妖精プークで再び命脈の魔女セフィアを排除したドリュアスは、緑の髪を揺らして柔らかく頬笑んだ。


「森ニ来た子供からもラった。遊ビ方も教ワっタ。あノ子供来なクナった。ドリュアス寂しイ。レイシュルト来ナイ。とてモ寂シい」


 どうやらレイシュルトという子供からエピタフを教わったらしい。ルアン・シーゼの杜は広く、ブリギットを跨いで隣国オェングスにまで続いている。隣接する村も多く、人懐ひとなつこいドリュアスが子供と交流を持つのも頷けた。


「お前タチ良イ。まタ遊ビに来イ。トレントを使っテ前進。自動効果デ隣接スル駒も前進」


「マミィの埋葬を使うわ。指定する駒は二体目のプーク。二手先でわたしの駒よ」


「トレントで前進スル。自動効果デ隣接スル駒も前進」


「地震の魔女の効果発動。次の一手、あなたの駒は動けないわ」


「猛毒のフングスの効果。正面横三マスに毒ヲ撒く」


「マミィの埋葬の効果でプークを持ち駒として場に復活。同じ場にあるドリュアスのプークを排除。聖剣デュランダルを使用。騎士ローランは一度だけ、五マス移動するわ」


「妖精の女王モルガンの効果ヲ発動。風鈴の魔女とローランを三ツ前進サセる。二ツの駒はフングスの毒ヲ浴びル。隣合ウ駒ガ毒。風鈴の魔女と騎士ローランを排除」


「やだ、聖剣を使ったのに落とされちゃった。モルガンの効果、いやらしいわね。プークを一マス後退!」


 二人の勝負は一進一退だ。


 大勢ではドリュアスが攻めているが、カーミラの守りも堅い。互いの読み合いは、すでにユウリスの理解を越えていた。膠着状態にも見えるが、常に駒は動き続けている。


 二十数手で、双方の兵力は半分程度まで落ち込んだ。


 カーミラ陣営。

 自陣後方――王、ケット・シーの加護。

 盤面中央――水脈の魔女ウェンディ、次元の魔女クロエ、紅蓮の魔女サマラ、妖精プーク。

 その他、伏兵の駒が一体。


 ドリュアス陣営。

 自陣後方――王、運命の石櫃、妖艶なモルガン。

 盤面中央――ワイバーン、巨大なベヘモス。

 その他、伏兵の駒が一体。


 ドリュアスは縦横無尽に動けるワイバーンで盤面に睨みを利かせ、巨大なベヒモスに付与された進路妨害の効果と合わせて攻防一体の布陣だ。妖艶なモルガンを排除したカーミラの紅蓮の魔女サマラは、次の一手でワイバーンによって落とされた。


「あら?」


 そこで不意に、カーミラの動きが止まる。盤面を見つめ、ぶつぶつと何事かを唱えはじめた。


「赤毛。おカシくなっタ?」


「カーミラ、どうしたの?」


 ドリュアスとユウリスの声は届かない。思考に没頭している彼女に肩を竦めて、二人は待ち続けた。どこか鳴いていた影梟の声が止んで、角鹿が茂みから顔を出した頃――まばたきもせずに張り詰めていたカーミラの表情が、ふっと華やいだ。


「勝てるわ!」


 興奮気味に頬を上気させたカーミラは、ケット・シーの加護を次元の魔女クロエに使用した。


 しかし今度は、ドリュアスが手を止める。勝利宣言をされたからには、先読みをしなくてはいけない。


 ユウリスも盤面を真剣に覗き込み、勝ち筋を予想する。


「ケット・シーの加護を使ったってことは、次元の魔女が鍵か。でもカーミラ、まだドライドアには伏兵が残ってるよ。どんな駒かもわからないし、気が早いんじゃない?」


「わたし、効果持ちの駒はほとんど暗記しているわ。さっきのモルガンは予想外だったけど、もう大丈夫。どの駒が出てきても、私の完璧な作戦は崩せない。やったわ!」


「エピタフ、前からそんなにハマってた?」


「ダグザにいる間、ずっと退屈していたのよ。誰かさんが収穫祭で楽しくやっている間、わたしの楽しみはエピタフだけだったんだから。オーフォード公爵主催の大会で準優勝したのよ!」


「でも、カーミラが負けたんだ?」


「オーフォード公爵のご息女にね。イライザお嬢様みたいな感じの方で、あんまり得意じゃないわ」


 イライザが得意な人間なんていないよ、とユウリスは軽口を叩こうとしたが、ドリュアスの触手が動いたのを見て言葉を呑みこんだ。大樹の精霊は茂みに指のつたを伸ばし、ひとつの駒を拾い上げた。隠されていた伏兵の駒だ。


「ハイ・ドリュアスを使ウ。効果発動。排除サれタ自分の駒ガ全部生き返ル」


「ちょっと待ちなさいよ!」


 排除された駒を盤面に戻しはじめたドリュアスに、カーミラが食ってかかった。ハイ・ドリュアスという駒を、ユウリスは知らない。効果を聞く限り、かなり強力な切り札だ。


「そんな駒があるんだ。生き返る場合は、排除された場所に蘇るの?」


「そういう問題じゃないわ、ユウリス。ハイ・ドリュアスなんて駒、存在しないはずよ!」


「え?」


 思わず頬を引きつらせたユウリスは、ドリュアスに半眼を向けた。当の精霊はきょとんとした顔で、蔦で摘み上げた排除済みの駒たちを宙にさまよわせている。


「ハイ・ドリュアスはアル。ココにアル。ホラ」


「ほら、じゃないわよ! あなたそれ、どこで手に入れたっていうの?」


「ドリュアスが作っタ」


「そんなのダメに決まってるじゃない! 自分で都合の良い駒を作って使えたら、なんでもありになるわ。その駒は、使用禁止よ!」


「赤毛怖イ」


「なんでわたしが悪者なのよ!?」


 綺麗な赤毛を掻き乱し、カーミラが天を仰いだ。


 ドリュアスはいじけてしまい、再び膝を抱えてしまう。


 ふたりを交互に見やったユウリスは、溜息を吐いた。道理では幼馴染に味方すべきだが、子供のようなドリュアスを非難するのも気が引ける。


「ちょっとユウリスもなにか言ってよ、こんなのダメでしょう⁉︎」


「黒髪。ドリュアス悪くナイ。最初ニなにモ言わレなかっタ」


 両者の板挟みに合い、ユウリスは渋面で唸った。あちらを立てればこちらが立たず、双方を納得させるのは難しい状況だ。


 悩んだ末、少年は二人に妥協案を提示した。


「じゃあ、ドリュアス。君が創作の駒を使っていいんだから、カーミラも使っていいよね?」


「持ってルのカ?」


「いや、さすがにないよ。でも、いまから作るよ。なんとか俺の短剣で彫ってみるから、木の破片でもあったら分けてもらえないかな?」


「新しク作る。ナンかズルいナ」


「そこをなんとか……」


「スぐにデキルのカ?」


 ドリュアスが譲歩じょうほの姿勢を示したところで、カーミラが陽気に手を打ち鳴らした。それよ、と明るい声が上がる。ユウリスが驚いて振り向くと、彼女は頬を上気させて興奮気味に身を乗り出した。


「お手製の駒ならすぐに用意できるわ。わたし、とびっきりの切り札を持っているの!」


「え、カーミラも自分で創作した駒を持ってるの?」


「わたしはエピタフの試合で使ったりしないわ。あくまでお守りよ。ドリュアス、さっさと排除された駒を並べなさい。その間に、こっちの伏兵を用意するわ。ユウリス、剣を貸して」


「え、危ないよ。なにかやるなら俺が――」


「いいから!」


 麻袋から伏兵の駒を取りだしたカーミラは、ユウリスの腰から強引に短剣を抜き取った。そのまま彼女は背を向けて、慣れない手つきで刃を弄る。どうやら自主制作の駒に、効果を刻み込んでいるようだ。ハイ・ドリュアスを認められた大樹の精霊は、排除された駒を嬉々ききとして盤面に呼び戻した。


「カーミラ、プークが二体も復活はまずいんじゃない?」


 妖精プークは効果を使用するだけで、確実に相手の駒を落とせる。その凶悪な性能が二体ともなれば、死活問題だ。


 しかしユウリスの心配をよそに、カーミラは上機嫌で振り向いた。握り締めた伏兵の駒を早く披露したいようで、うずうずと腕が動いている。


「さっきはハイ・ドリュアスが登場したところで終わったから、次はわたしの番よね!」


「赤毛ノ番」


「いくわ、これがわたしの最強の駒。行きなさい、ユウリス!」


「え?」

「エ?」


 カーミラが威勢よく盤面に繰り出したのは、少年を象った木の人形だ。


 目を点にするユウリスとドリュアスの認識が追いつくのを許さず、赤毛の少女は力強く片腕を薙いだ。その勇ましさは戦場にあって輝く指揮官のようで、凛々しい声が静謐の森に響き渡る。


「ユウリスの効果発動。ユウリスはわたしのものになるわ。もちろん現実の彼がね! これで他の誰も指一本、ユウリスには触れられない!」


「え?」

「エ?」


 屈みこんだユウリスは、自分と同じ名前の駒を覗き込んだ――その背面にはたしかに、ユウリスはカーミラのもの、と刻まれている。


 思わず嫌そうな顔をすると、額をカーミラに叩かれた。


「なんで嬉しそうじゃないのよ!」


「いろいろ言いたいことはあるけど、叩くのは理不尽だと思う」


「そのうち、わたしの駒を作ってユウリスに贈るわね。さあ、ドリュアスの番よ」


「効果ノ意味不明。コレはどうナル?」


 次に使うトレントを摘み上げるも、ドリュアスは首を傾げて動かない。


 鼻を鳴らしたカーミラは、得意げに腕を組んだ。紡がれる言葉は堂々と、自信に満ちている。


「そのままよ。あなたはユウリスに触れないわ。この効果は永続よ。つまり勝負に勝っても、キスはなしってこと!」


「ソんナのズルイ。赤毛ハ卑怯」


「先に自作の駒を出してきたのはそっちじゃない。ほら、ぐずぐずしていたら夜が明けるわ。蜜種のついた枝は夜にしか採取できないんだから、早く続けましょう」


「うウウう。納得イカなイ」


 最初にドリュアスは、勝敗に関係なく蜜種のついた枝は渡すと約束してくれた。これでハイ・ドリュアスの駒が規格外の効果で盤面を覆しても、カーミラに不利はない。


 幼馴染の気転に感嘆しながら、ユウリスは戦いの行方を見守った。


「トレントで前進スル。自動効果デ隣接スル駒も前進」


「水脈の魔女の効果発動。次元の魔女の列を二マス押し出すわ!」


「プークの能力ヲ使う。イちバン近イ水脈の魔女ト同じマスに移動。排除」


「次元の魔女で前進!」


「ワイバーンで次元ノ魔女ニ移動。ケット・シーの加護ヲ排除」


「同時にワイバーンも排除ね。次元の魔女の効果発動。プークと位置を入れ替えるわ」


「ア!」


 ドリュアスの防衛線を抜けて、カーミラの妖精プークが敵陣深くに現れた。ここで数手先を読んだドリュアスが、自らの負けを悟る。それでも敗北を宣言する気はないようで、大樹の精霊は果敢に挑み続けた。


「プークの能力ヲ使う。イちバン近イ次元の魔女ト同じマスに移動。落とス」


「こっちもプークの能力を使うわ。王の近くに置きっぱなしのモルガンに移動。排除!」


 この局面にいた至り、ようやくユウリスも終わりの形を見た。


 互いにプークが王の駒に迫っており、どちらも障害はない。カーミラのプークは、残りニ手で王の駒を倒せる。それに対してドリュアスのプークは、一手だけ届かない。


「プークで前進スル」


「プークで前進」


「プークで前進スル」


「プークで左の王をとる。エピタフはわたしのものよ」


 カーミラが最後に勝者の文句を口にして、戦いは決した。


 幼馴染の劇的な勝利を、ユウリスも拍手喝采はくしゅかっさいたたえる。


 一度は項垂うなだれたドリュアスも、最後は晴れやかに負けを認めた。


「赤毛強イ」


「あら、本当ならあなたが勝っていたのよ。わたしが伏兵の駒としてユウリスを出したあと、運命の石櫃の効果でマミィの埋葬を使えばよかったのよ。わたしの紅蓮の魔女を呼び出してプークを排除すれば、二手差でこっちが負けてたわ」


「ア。アアああア。赤毛スごイ」


「そうよ、わたしはすごいんだから。でも楽しかった。素材も分けてほしいし、また来るわ。次も対戦しましょう。お互い、自作の駒はなしでね?」


 ドリュアスは快く頷いて、指から伸ばした蔦を蜜種のついた枝に絡めた。自ら手折るため、精霊が大樹の上に昇っていく。


 ユウリスは勝負の最中から、カーミラが最初に使うはずだった伏兵の駒が気になっていた。尋ねると、彼女は声を潜めて悪戯っぽく笑う。


「王の号令よ。発動した魔法の効果を消す魔法。これを使えば、どっちにしろ勝てたわね」


「じゃあ、なんで自分まで創作の駒なんて使ったの?」


「ユウリスの駒、普通じゃ使えないもの。一度でいいから、盤面に出してみたかったの。可愛らしい、小さな夢よ」


「俺の駒、効果は永続だっけ?」


「ええ、そう。ずっと、ずっと続くわ」


 二人は照れ臭そうにはにかんで、互いの指をそっと絡めた。


 ドリュアスが用意してくれた蜜種のついた枝を、カーミラが受け取る。そこで不意に、森の奥で人の気配が動いた。


「カーミラ、下がって!」


 しかしユウリスが身構えるより早く、茂みの奥からイライザが姿を見せた。


「やっと見つけた。なによ、ここ。魔力の巡りが綺麗、すごい穴場ね。ドリュアスまでいるじゃない」


「イライザ、どうしてここに?」


「イライザお嬢様、キルケニー先生に会われたんですね」


「まあ一応は師匠だし、気にもなるわ。転位の魔術を用意してあるから、さっさと帰るわよ。先生がご所望の品は無事に見つかった?」


 カーミラが小瓶に詰まった月宮の露と、ドリュアスから渡されたばかりの蜜種のついた枝を掲げる。満足そうに頷いたイライザは、草むらに放置されたエピタフの遊戯盤に目を止めた。手の空いているユウリスが、駒の片付けをしている。


「なに、あんたたち、エピタフなんかやってたの?」


 どういう状況よ、と不審がるイライザに急かされ、ユウリスとカーミラはドリュアスに別れを告げた。またいっしょにエピタフを、という約束を残して、精霊と少年少女の逢瀬は終わりを迎える。


 魔方陣の蠱惑こわく的な輝きに包まれて、三人はルアン・シーゼの杜を後にした。

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