11 盟主のお茶会

「俺は、事件の黒幕がイライザだって可能性を疑っている」


 まさか、と最初に驚愕をあらわにしたのはカーミラだ。マーサは静かにティーカップを口元に傾け、イライザは両腕を組んで沈黙を貫く。


 ユウリスは勢いのまま、溜め込んできた思いを吐露とろした。


「屍人の事件が起きる前、イライザはミアハの人形が保管されている教会の宝物庫に無断で出入りしていた。悪夢みたいな怪物の封印が解かれたのは、魔女が教会の施錠を破った直後だ。収穫祭でも、ハサンの一味の存在を知りながら放置していたよね。一歩間違えれば、死人が出ていたんだ」


 春にオリバー大森林で起きた異界化騒動を皮切りに、ブリギットで起きた禍事は四つ。


 梅雨、死霊の王がブリギットの剣と指環を求めた市庁舎占拠事件。


 夏、ミアハの人形による屍人の呪い。


 秋、収穫祭で姿を見せた暗殺者集団の暗躍。


 これまで数に含めてはいかった火竜を巡る逃亡劇も、≪リッチ≫の工房で発見した資料の調査次第では無関係ではなくなるかもしれない。


「まずハッキリしてほしいのは、イライザの立場だ。この事件に、どう関わっているの?」


「あら、その辺りの事情はブラムから聞いていないのね」


「ブラム? え、ブラムと知り合いなの?」


 ブラム・シェリダン。収穫祭の事件で出会い、ユウリスが親睦しんぼくを深めた吸血鬼の名前だ。


 事情を掴み切れていない彼に、イライザは腕を下ろして頷きかけた。


「ちょっと挨拶しただけよ。それより、まずウィッカの動向を明かしましょう。私たちは春先に起きた異界化の影響で、予期せぬ悪影響を被ったイルミンズールの浄化に力を尽くしていたのよ。春の時点では正直、後に事件が続くなんて考えもせずにね。でも、死霊の王≪リッチ≫の出現で風向きが変わった」


「あの時点ではイライザも、ブリギットの剣と指環がどんな物かは知らなかったの?」


「ええ、魔女だって伝説の武器や道具をぜんぶ熟知しているわけじゃないのよ。そもそも私、女神の至宝になんて興味もないし。だから事件が終わって魔女横丁に顔を出してみたら、先輩方が血相変えて慌てているものだから驚いたわ。私がイルミンズールに同化したスクーン石の存在を知ったのは、このときね」


 一連の事件には、ブリギットの剣と指環と呼ばれる女神の至宝が深く関わっている。犯人が二つの宝物を求め、よからぬ企みを抱いているのは間違いない。


 剣はダーインスレイヴとも呼ばれ、持ち手が心に秘めた負の感情を増幅し、憎む相手を死に至らしめる必殺の刃だ。現在は正統な所有者であるヘイゼル・レインの手で保管されている。


 一方、指環の別名はスクーン石。所有者が望む通りの現象を引き起こす奇跡の至宝だが、その使用には動力源としてブリギットの剣が必要だ。数十年前の大洪水以降、スクーン石はオリバー大森林に根付く創生の大樹イルミンズールと一体化している。


「もしスクーン石が悪意に晒されでもしたら、イルミンズールへの影響は計り知れないわ。筆頭の調査員として選任された私があんたを疑いはじめたのは、火竜の事件あたりからよ。これまでは忌み子として嫌われ者だったユウリス・レインが、あれよあれよという間に英雄の階段を駆け上がりはじめた――どう考えても、不自然でしょう?」


「イライザお嬢様!」


 思わず抗議の声を上げたカーミラが、椅子を揺らして猛然と立ち上がる。火竜の子供が犯した罪を巡る騒動に、彼女も深く関わりがある。


 軽く手を振ったイライザは、落ち着きなさい、と着席を促した。


 熱の帯びる若者たちの応酬に、マーサがのんびりとした口調で割って入る。


「もちろん、ユウリスさんだけに嫌疑をかけたわけじゃないのよ。ウィッカは最終的に、犯人の候補を六人に絞ったわ。セオドア・レイン公爵、エイジス・キャロット市長、キーリィ・ガブリフ議員、ゲラルト・ミュラー司教、シスター・ケーラ。闇祓いとして調査を進めていた貴方と、だいたい同じではないかしら?」


「俺の名前がイライザに置き換わるだけで、まったく同じです。きっかけはミアハの人形でした。封印がほどこされていた保管庫に足を踏み入れた人間を疑いはじめたら、全員が怪しく見えてきます。正直、未だに犯人が誰なのかは目星もついていません」


「さすが、お若くてもゲイザーね。あたしたちウィッカは、少し違う視点から推理をしたのよ。こういう事件では、やっぱり動機が大事だと思うの」


「全員に理由が?」


「ええ、そうね。ユウリスさんなら、忌み子と蔑み続けた街への復讐が考えられるわね。ミュラー司教は市民の求心力を磐石にするために、市民を恐怖で惑わしているのかもしれないわ。彼には次期教皇の座を狙っているという噂もあるのだし」


 それからもマーサは淡々と、それぞれの動機を口にした。


 キャロット市長は行政の用途不明金が過去最大規模に膨れ上がっており、反社会的組織との繋がりが指摘されている。またハサンの一味に狙われながらも、結果的に無傷で生き長らえている事実も疑惑を深めた要因だ。


 キーリィ・ガブリフ議員は、直近の数年間で代々の資産を食い潰している。表向きは寄付や病院の設立に費やしているようだが、多岐に渡る資金の流れには不透明な部分も多い。外遊がいゆうも多く、暗殺者集団と接触できる可能性も高い。


 シスター・ケーラは怪しい点がなく、邪悪な存在にとり憑かれている可能性をウィッカは指摘した。


 そしてセオドア・レイン公爵。彼は民衆から清廉潔白な統治者として慕われているが、清濁併えいだくあわせ呑む気質から黒い噂も多い。犯人として特定するような確たる繋がりは見えてこないが、すべてが動機になりうると判断されている。


「けれどね、ウィッカは先の会議において六人の候補者から三人を除外したわ。外された内のひとりはユウリスさんよ。お姉さんが、貴方の潔白を主張したの」


「イライザが?」


「私は屍人しびとの事件からずっと、あんたを監視していたわ。収穫祭の間も、付かず離れずにね。その結果、ユウリス・レインは犯人じゃないって、客観的に判断しただけよ。というか私が主張しなくても、ウィッカはあんたを犯人候補から外したでしょうね。魔女横丁でも、馬上槍試合の決別宣言は話題になったのよ?」


 どこか誇らしげなイライザの眼差しが、ユウリスにはこそばゆい。


 盛大に溜息を吐いたカーミラが、彼の晴れ舞台を見逃してしまった自らの不運を呪う。気持ちを切り替えるように赤毛の少女は三本の指を立て、すぐに一本を折り曲げた。


「ユウリスが候補から外れて、残りは二人ね。イライザお嬢様、他に誰が除外されたのですか?」


「まずシスター・ケーラ。彼女、昇格試験を受けるためにヌアザへ引っ越したのよ。次にゲラルト・ミュラー司教。彼は一連の事件を解決するために、ウィッカに協力を求めてきたわ。魔女の誓約を結び、一連の事件に無関係であると口にした。潔白を証明したのよ。」


 教会がウィッカと手を取り合う話は円卓の騎士から聞かされており、驚きはない。しかしユウリスは、ああ、と感嘆し、目から鱗が落ちる気分で手を叩いた。魔女の誓約を利用すれば、嘘つきを炙り出せる。


「なら、イライザ。他の犯人候補にも事情を話して、魔女の誓約を受けてもらうのはどう?」


「仮に魔女の妖しげな儀式に協力してくれたとしても、敵が≪リッチ≫を相棒にするような奴なら危険のほうが大きいわ。ウィッカの儀式はイルミンズールから力を得ているから、下手に龍脈りゅうみゃくを晒せば、それこそブリギット崩壊に利用されかねない」


「でも、ミュラー司教には誓約をさせたんだよね?」


 ユウリスの疑問に、イライザが思わず言葉を詰まらせた。するとマーサが、いいのよ、と緩く手を振って、温和な表情のまま答えを引き継ぐ。


「そんな可能性もあるなんてぜんぜん考えもしないで、あたしがミュラー司教に誓約を結ばせたのよ。あとでイライザさんは頭を抱えるし、アリスレイユちゃんには睨まれるし、こんなおばあさんになってからもみんなに叱られるなんて、思いもしなかったわ」


 あっけらかんと過ちを語る老婆に、イライザが悪夢を思い出すように両手で頭を抱える。普段は毅然きぜんとしている義姉が珍しく懊悩している姿に、ユウリスが緩ませた。


「ま、まあ、イルミンズールが無事でよかったです。ところでアリスレイユって誰ですか?」


 ユウリスが知らない名前に首を傾げると、カーミラがすかさず答えを口にする。


「ウィッカの三盟主で、もっとも古い魔女の名よ。奥の聖堂に、もう何百年も篭もっているんですって。ウィッカに入会するとき、私も一度だけお会いしたわ」


「何百年も……って、そんなこと可能なの?」


「自分の時間を凍らせる魔術で老化を防いでいるって話だけど、真実なんか誰にもわかないでしょ。見た目はヘイゼルくらいの女の子だけれど、知識や経験では誰も彼女に敵わない。未来を見通す、予言の魔女。それがウィッカを束ねる深淵しんえんの瞳アリスレイユ」


「未来を見る、魔女……」


 女魔術師会ゴスペル・オブ・ザ・ウィッチクラフトを統べる、三人の盟主。イライザ、マーサ、アリスレイユ。その名を胸に刻んだユウリスは、改めて義姉あねに顔を向けた。彼女も長話はこれでおしまいだとばかりに、視線を重ねる。


「私は常に容疑者たちを見張っていた。教会の宝物庫に侵入したのも、敵の痕跡を探るためよ。まあ、あんたに気付かれたのは予想外だったけどね。はっきり言うわ、私は事件の黒幕とは無関係よ」


「でも、それは自己弁護だ。イライザの疑惑を晴らす決定打にはならない」


「そうね、だから判断はあんたに委ねるわ」


 イライザは椅子から立ち上がると、腰に片手を添えて凛々しく胸を張った。それは特別な所作ではなく、いつもと同じ彼女の立ち姿だ。


 レイン家の長姉が、弟を真摯に見据えて問いかける。


「私は敵を容赦なく排除するし、他人に明かせないような後ろ暗いこともしてきた。でも一度だって、私は私の信念に背いた行いをしてはいない。答えなさい、ユウリス。これまでイライザ・レインが、あんたを失望させたことがあったかしら?」


 呆れたユウリスは、思わず笑いだしそうになった。自分に関わらず、アルフレド、ドロシー、エドガー、ヘイゼル――レイン家の子供たちは、ずっとイライザの背中に魅せられてきた。理屈を捏ねれば、まだ嫌疑を晴らしていいとは言えない。


「でも……」


 それでもユウリスは首を横に振るしかなかった。彼女が違うと言えば、違う。そう信じられるくらいの時間を、共に過ごしてきた。


「わかった、信じるよ。それにイライザが犯人なら、俺に勘づかれるようなヘマはしないだろうしね」


「ありがとう、ユウリス。でも、ちょっと脇が甘いわよ。念のために魔女の誓約を結ばせるくらいのしたたかさを持ちなさい。どう転んだって、犯人が目の届く範囲にいるのは変わらないのよ。それを私たちは、まだ見破れていない」


 この期に及んで減点されるとは思わず、ユウリスは頬を引きつらせて肩を竦めた。本当に厄介な義姉あねだと思う一方で、自分でも意外なほどに胸が軽くなったのを感じる。家族を疑う心労が消えたからだろうか。あるいは――。


「イライザはさ」


「なによ?」


 血筋の壁を感じる兄弟姉妹のなかで、イライザだけは自分を本当の弟として見てくれているように感じていた。そんな義姉と肩を並べられている今が、ただ嬉しいだけなのかもしれない。もちろん恥ずかしくて、そんなことは口が裂けても言えはしないが。


「いや、どこにいてもイライザはイライザだなって思って。それで、話を戻そう。残る犯人候補は三人だ」


「その内のひとりは私たちのお父様よ。それでもあんた、ちゃんと向き合える?」


「父上は犯人じゃない。イライザならわかるだろう。潔白を客観的に晴らさなきゃいけないのなら、なんとかしてみせるさ。魔女たちがどうしようと、俺はなにも諦めない」


 そうね、と目を細めたイライザは、傍らのマーサに目配せをした。叡智の魔女たる老婆が穏やかに頷くのを確認して、至竜の魔女は厳かに告げる。


「最高位の魔女であるアリスレイユは一連の凶事を皮切りに、禍々しき波と呼ばれる災厄の到来を予言した。彼女によれば腐食の風が豊穣ほうじょうの地を呑み込み、ブリギットは死の土地と化すという。けれどイルミンズールの守護者として、私たちは悪意を決して見逃しはしない」


 禍々しき波が示す具体的な正体は、預言者アリスレイユも掴み切れていない。それでも重要なのは、やがて訪れる破滅が街を危険に晒すという兆しだ。


「ディアン・ケヒトの闇祓いに対して、ウィッカは正式に協力を要請する。改めて先ほどの言葉を繰り返すわ。≪ゲイザー≫ユウリス・レイン。ブリギットのため、私たちと同盟を結びなさい」


 ユウリスは頷くが、ただ、と言葉を濁した。承諾には師の許可が必要だ。ウルカの存在は無論、イライザも承知している。


「あんたが前向きなら、すぐにウルカへ交渉するわよ。このまま彼女を訪ねて、同じ話をするつもり」


「どうして先にウルカから懐柔しなかったの?」


「ユウリスが悪事を働いているのなら、裏にウルカがいると考えて然るべきでしょう。彼女とあんたを比べたら、まずはお子様を相手にしたほうがやり易いって思うのは当然じゃない」


「まだお子様扱い?」


「いいえ。失言を謝罪するわ、≪ゲイザー≫のユウリス。ほんと、立派になっちゃって。じゃ、あとは適当に帰りなさい」


「あ、イライザお嬢様、待ってください!」


 立ち去ろうとしたイライザを、カーミラが切羽詰った様子で引き止めた。仮面の奥で怪訝そうに眉をひそめる至竜の魔女を前に、普段は歯切れのよい赤毛の少女が瞳を揺らす。


「あの、とても言いにくいのですが……」


「なによ。早くなさい、カーミラ・ブレイク」


「例の運河に流れ着く手足の件、おそらく魔女の儀式で精製された偽物です。わたし、少し前にイライザお嬢様から引き継いだキルケニー先生の依頼を思い出しました。あのときに揃えたカスランの粉末、ヤームの根、黒蜂草くろばちそう繊維せんいって、偽の死体を作る材料じゃありませんか?」


「あら、そう。じゃあ、後は任せたわ!」


 聞くや否や脱兎の如く逃げ出そうとしたイライザの腕を、寸前でマーサが掴んだ。カーミラが思わず拳を握り締めて老婆を賞賛し、ひとり状況が飲み込めないユウリスは怪訝そうに眉をひそめるしかない。


「カーミラ、キルケニー先生って誰?」


「ウィッカを引退された、ご高齢の魔女よ。わたしとイライザお嬢様にとっては魔術の先生なの。さっき話した、偽者の死体をつくる材料の話なんだけど――実は七日前、キルケニー先生が急に偽の死体をつくる材料を欲しがったのよ。最初はイライザお嬢様が頼まれたのだけれど、うちのほうが用意し易いでしょうってまわされて」


 要は師から頼まれた雑用を妹弟子に押し付けたのか、とユウリスは呆れたようにイライザを見据えた。ブレイク商会の娘であるカーミラならば、ブリギットで手に入らないものはない。当人は、気にしていないわ、と首を横に振った。


「イライザお嬢様には魔術の稽古に付き合ってもらっているし、お手伝いくらいはいいの。でも運河の手足事件は、騒ぎが大きくなりすぎているわ。まだ警察は偽物だって気付いていないけれど、それも時間の問題だと思う。魔女の儀式で生み出されたものだと知られたら、ウィッカにも火の粉が降りかかるんじゃないかって心配で……」


「でも偽物の手足を運河に流して、キルケニーさんって魔女はなにをしたいんだろう?」


「わからないわ。イライザお嬢様、なにか聞いていません?」


「さっぱりよ。要望を届けに来たのはワタリガラス。先生とは直接、顔を合わせていないもの。カーミラこそ、素材を届けたときに変わりはなかったわけ?」


「いつもの方法で、橋の下にジンが取りにきました。キルケニー先生と直接お会いしたのは、引退のお別れが最後です」


 素材を用意した責任も感じて、カーミラは唇を引き結んだ。イライザは片手で仮面を押させて深く溜息を吐くと、なんでこんなときに、と沈痛そうに呻いた。マーサは二人の若い魔女を見比べて、可笑しそうに口元を綻ばせた。


「こうしましょう。ウィッカの掟に従い、魔女の不始末は魔女が対処する。カーミラさんは、キルケニーの元へ行きなさい。騒動の真相を確かめたうえで、可能であれば問題の解決にあたるのよ。イライザさんは、ウィッカの代表として警察署長に接触をなさい。不始末を謝罪したうえで、対応を任せてもらえるように交渉をするの。二人とも、どうかしら?」


 叡智の魔女の采配さいはいにカーミラはいさぎよく、イライザは渋々と頷く。


 ただひとり、ユウリスは奇妙な胸騒ぎを覚えていた。一週間前といえば、エーディンの王女と連続強姦魔が行方を眩ませた時期と一致する。


「なんだか嫌な予感がする」


 どちらにせよ伝わされる予定だったのは明らかだ。ユウリスが改めて同行を申し出ると、カーミラは嬉しそうに手を合わせて頷いた。


「ありがとう、ユウリス。もちろん、あなたに助けてもらうのは決定済みよ」


「キルケニーさんってどんな魔女なの?」


「先生は、そうね。魔女のなかでも、かなり変わり者だわ。わたしなんて最初の実験で花にされかけたんだから!」


 続いて手の自由を取り戻したイライザが腕を組み、私は初日に毒を飲まされて三日三晩吐き続けたわ、と壮絶な修行時代を振り返る。


 マーサは腰を上げ、ユウリスとカーミラのティーカップにお茶をぎ足しながら懐かしそうに目を細める。


「キルケニーは若い頃から偏屈で、わがままで、ヒステリック。同時にあたしたちの世代を代表する、凄腕の魔術師だったわ。失われた秘法にも精通していて、彼女に教えを請う若者はとても多かったのよ。でも厳しいうえに無茶な要求ばかりするから、みんな続かなかったわね。けっきょく弟子として最後まで学び通したのは、カーミラさんとイライザさんの二人だけだった。貴女たちが無事に独り立ちをしたから、キルケニーは引退を決めたのよ」


 イライザとカーミラは互いに顔を見合わせるが、表情に浮かぶのは誇らしさよりも苦々しさだ。弟子入り最初の試練は、過酷な修行生活の前触れでしかない。


「わたしはイライザお嬢様にいろいろと教えてもらえたおかげで心の準備もできたけれど、ひとりだったらきっと耐えられなかったわ」


「貴女に逃げられたら、私が先生のしごきをひとりで受けなければならなかったんだもの、そりゃ必死で可愛がるわよ。まあ、お互いよく耐えたわよね。それじゃマーサおばあさま、私は署長に話を通して、それから≪ゲイザー≫のウルカに協力を仰ぎます。アリスレイユへの報告はお任せしても?」


「ええ、いいわ。いつ目覚めるかわからない眠り姫の相手は、時間のある老人の仕事ね。ユウリスさんとカーミラさんは、もう少しゆっくりしていきなさい。クッキーを食べ終わる頃には、雪も止むはずよ」


 先に席を立ったイライザが転位の魔術で姿を消し、続いてマーサも聖堂の奥へと立ち去る。残されたユウリスとカーミラは、言われた通りに二杯目の紅茶と残りのクッキーを楽しんだ。


 魔女のお茶会を終えた二人が街に戻ると、雪はすっかり止んでいた。

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