第七話 妖猫の花嫁 後編

00 イフリート

 イフリートは妖霊ようれいの上位種である。

 妖霊とは大陸南部の砂漠地帯に伝わる精霊の一種で、別名を≪ジン≫。ほむら体躯たいくに煙の翼を生やした、巨人の姿で知られている。


 イフリートは気性が荒く、他の妖霊と同じく怪力で、剣や弓は通らない。万物を焼く魔術の炎を口から吐き出し、腕を振るえば家屋を粉砕する強靭な戦士だ。息の一吹きで大木をなぎ倒すような強靭さを有する一方、精霊の神秘には疎いとされる。他の≪ジン≫が用いる姿を自在に変える能力や、空間を越える秘術は扱えないのだ。


 砂漠の民は特殊な器具に≪ジン≫を封印し、必要に応じて使役する。数多い妖霊のなかでも、イフリートの人気は特に高い。大陸西南部のゴヴニュ砂漠に住む者たちは長年に渡り北と南の民に虐げられた過去を持ち、外敵から身を守るにあたり、イフリートは剛健な用心棒の役割を果たしていたようだ。また建築に優れているとも信じられており、ゴヴニュ砂漠に点在する絢爛豪華けんらんごうかな宮殿の多くはイフリートが建てたという言い伝えもある。


 男性のイフリートに対し、女性のイフリータが存在するが、両者の間に異性としての認識は存在しない。代わりに≪ジン≫は人間に恋をして、愛を育む。妖霊が人間と強引に婚姻を結ぼうとした事例は、枚挙に暇がないほどだ。


 こんな話がある。妻からしいたげられていた哀れな男に、イフリータが恋をした。妻を殺して男をかどわかすイフリータだが、通りすがりの神官によって退治されてしまう。イフリータを哀れんだ男は亡骸の灰を集め、せめてもの弔いにと妖霊の故郷であるカーフの山なみを目指して旅立った。しかし生きた人の身で、精霊の住処すみかには決して辿り着けない。砂漠の途中で力尽きた男をイフリータの灰が優しく包み込み、人間と妖霊の魂は風に乗ってカーフの山なみに還ったという。


 伝承はイフリートの粗暴な側面を強調する一方で、情熱を宿した妖霊としても描いている。一目惚れの末に浚われた人間が、悲劇的な末路を辿るとは限らない。献身的な愛に人間が応え、≪ジン≫との間に儲けられた子供は数多く実在する。


 精霊は妖精と同じく、人間に対して意地悪な種族だ。しかしイフリートは単純で、見栄っ張りだともいう。もし意図せずに焔の身体と煙の翼を持つ巨人に遭遇したのなら、その勇姿を賞賛してみると良い。気に入られて精霊の恩恵に預かるか、問答無用で消し炭となるか、その答えは砂漠の風だけが知っている。


 ――フラン・ビィ『精霊の系譜』(幻想書院、一七二五年)




【登場人物】

 ユウリス・レイン:黒髪の少年。公爵家の庶子。本編の主人公。十四歳。

 ロディーヌ・トリアス:金髪の少女。キルデア領の姫。十二歳。

 リュネット:猫の妖精。ケット・シーの姫。


 アルフレド・レイン:金髪の少年。レイン公爵家の嫡男。十三歳。

 イライザ・レイン:金髪の少女。レイン家の長姉。十五歳。

 ヘイゼル・レイン:金髪の少女。レイン公爵家の三女。七歳。


 エリザベス・オルキン:薬師の娘。愛称はリジィ。十三歳。

 マイケル・ロスタ:役人の息子。愛称はミック。十四歳。

 ランドロフ・カース:鍛冶屋の息子。愛称はランディ。十六歳。


 ナルニア・ブルックウェル:女医。二十七歳。

 ジェイムズ・オスロット:口髭の男性。ブリギット市の警察官。三十八歳。

 スージー・ウォロウィッツ:忌み子の災厄で失踪した司祭の母親。

 メディッチ・アーデン:金持ちの息子。十五歳。


 キーリィ・ガブリフ:赤毛の男性。若手の元老院議員。三十六歳。

 セオドア・レイン:ブリギット国を治める公爵。ユウリスの父親。四十歳。

 エイジス・キャロット:市長。薄毛、ちょび髭の男性。四十六歳。


 ブラム・シェリダン:妙齢の男性。銀髪の吸血鬼。


 登場人物イラスト(リンク先:近況ノート)

 https://kakuyomu.jp/users/nagarekawa/news/16817330654131674912




【これまでのゲイザーは】

 ケット・シーのリュネット様は、闇祓いの少年ユウリス殿と奥方様のロディーヌ嬢に出会い、収穫祭を通じて甘酸っぱい恋の三角関係を繰り広げておりました。ああ、妖精なのに人間の少年に想いを寄せてしまうリュネット様。おお、初恋に胸を焼くロディーヌ嬢。そして良い感じに二人を友達としか認識しておられぬユウリス殿。三者三様の想いが交錯するなか、ユウリス殿は犬猿の弟君アルフレド殿と組んで戦いに赴きます。レイン家の二人が手を取りあって挑むは因縁の馬上槍試合。迫る暗殺者の影やら市長選挙に絡む陰謀も御座いますが、露払いはこのブラム・シェリダンにお任せあれ。愛と誇りを賭けた収穫祭もいよいよ後半戦。さあ、いざいざ、ご照覧あれ!

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