第三話 火竜の罪禍 前編

00 ドワーフ

 ドワーフはかつて、大陸の山々と地底を支配していた人間種族である。


 彼らは小人で、成人でも背丈はヒュームの子供程度しかない。男は長いひげの結い方に工夫を凝らして異性を魅了し、女は髪の豊かさで美を競う。南国ルーの伝統民芸品である、ドヴェルグ刺繍ししゅうの模様は、ドワーフの髭を描いたものとされている。


 彼らは地上で最も強靭きょうじんな肉体を誇り、頭は岩を割るほどに固く、各地には≪オーク≫を片手で捻り潰したという逸話も残っている。知覚にも優れ、良質な鉱山を嗅ぎ分ける能力を有していた。現在においても、魔鉱石まこうせきを求むならばドワーフの足跡を見よ、という格言がある。また冶金やきんと細工、鍛治かじの技術において、彼らの右に出る者はいない。伝説に語れる多くの武具は、ドワーフのきたえた逸品である。


 ドワーフとは生物学上の総称であり、彼らにも様々な種族が存在する。代表的なのは以下の三種族だ。赤毛と低い鼻、頑固者として広く知られるドヴェルグ族。物静かで愛嬌があり、大きな目のツヴェルグ族。飄々とした賢者であるニワルコ族。意地汚く、守銭奴という認識は後世の創作に由るところが大きく、本来は陽気で義理堅い種族だと伝わっている。ただ同族の絆が強く、排他的な面は否めない。文字を持たない彼らは、紋章や意匠に意味を込めたとされる。ドワーフの武器を扱うには、その理解も必要だ。またドワーフは夫婦となると、土をこねて子を育むという言い伝えがある。真偽のほどは定かでないが、それは女神ダヌがちりから人間を創造したという神話に似て興味深い。


 彼らは非常に勇敢な戦士であり、恐れることを最も恥とした。手先の器用なドワーフは、あらゆる得物を使いこなしたと伝わっている。しかし戦場で自らが鍛えた武器を手にする機会は少なかったようだ。彼らは常に、手に馴染んだつちおのを振り回したという。


 聖書に語られる伝承戦争において、ドワーフは魔神バロールの配下に加わった。その理由は諸説あり、未だ判然としない。だが女神ダヌの元へ集ったヒュームやエルフと袂を分かち、ドワーフは怪物の軍勢を率いたことは確かだ。エルフはこの戦いで、日光を浴びると石化するという呪いをドワーフにかけた。創作におけるエルフとドワーフの不仲は、この逸話によるところが大きい。


 魔神バロールは女神ダヌに敗れ、伝承戦争は終結した。生き残ったドワーフは、悲劇的な運命を辿る。女神ダヌは裏切りを許さず、各地に敗走したドワーフへ滅びの使徒を遣わした。例えばタラの丘には、こんな逸話が残っている。ドワーフの地下都市スットゥングには、石化の魔眼を全身に見開く巨人≪アルゴス≫が送り込まれた。現在のスットゥングには眠りに就いた巨人と、ドワーフの石像が静かに鎮座し、主を失った地下世界は怪物達の跋扈ばっこする迷宮と化している。


 余談だが、闇祓いの代表格である≪ゲイザー≫の武器は、霊鉱れいこうスフィアを用いて鍛える。この魔鉱石は非常に特殊で、エルフとドワーフの叡智えいちを結集しなければ完成せず、このように失われて久しい技術も多い。


 神罰によりドワーフは絶滅したとされるが、これは誤りだ。南国ルーの古都モルフェッサにはいまも、ドワーフの地下王国が存続している。いつか三種族が再び手を取り合う日を夢見るのは、ヒュームの傲慢であるだろうか。


 ――フラン・ビィ『トゥアハ・デ・ダナーン』(スフィア文庫、一七五五年)




 【登場人物】

 ユウリス・レイン:黒髪の少年。レイン公爵の子。本編の主人公。十四歳。

 カーミラ・ブレイク:赤毛の少女。ユウリスの友人。十五歳。

 サヤ:下水道に住む少女。

 チェルフェ:サヤの連れている火竜。


 アルフレド・レイン:金髪の少年。レイン公爵家の嫡男。十三歳。

 イライザ・レイン:金髪の少女。レイン家の長姉。十五歳。


 キーリィ・ガブリフ:赤毛の男性。若手の元老院議員。

 ボイド:サヤの父親。三十代後半。

 セオドア・レイン:ブリギット国を治める公爵。ユウリスの父親。

 エイジス・キャロット:市長。薄毛、ちょび髭。セオドアの盟友。


 クラウ:白狼。ユウリスと共にある魔獣。雌。

 ウルカ:怪物狩りの専門家。二十代の女性。


 登場人物イラスト(リンク先:近況ノート)

 https://kakuyomu.jp/users/nagarekawa/news/16817330654131674912

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