The Gazer 《 ゲイザー》

流川夕

第一章 白狼と少年

第零話 白狼の森

00 白狼

 北部の雪深い山脈の覇者、吼えざる魔獣、無音の狩人とは白狼はくろうの呼び名だ。


 その獣は鋭い爪と牙で、物音ひとつ立てずに獲物を襲うという。しかし本来の気性は穏やかで、白狼は決して無駄な狩りをしない。食べるだけの命を奪い、敬意と共に骨や内臓を埋葬すると伝えられている。


 白狼の寿命は、およそ三十年。生まれてから八年程度で成熟し、厳しい冬の訪れと共に繁殖期を迎える。麓の森で根菜や木の実を集めるのは雄、永遠の白い山肌で角鹿や雪兎を狩るのは雌の役割だ。心を通わせたつがい同士は一つの穴倉で極寒の季節を過ごし、やがて雪の割れ目から草花の芽が出る頃になると、小さな命がひょっこりと巣から顔を覗かせる。


 白狼の雌は生涯で五回から八回の出産を経験するが、無事に成長する子供は半分にも満たない。母は暖期のあいだに子へ狩りを教え、父は寒期に向けて食料を集めるのが慣わしだ。白狼の子供は、三年ほどで独り立ちする。その後に待ち受けるのは、戦士としての孤独な日々だ。無慈悲な狩人として知られる白狼だが、山の動物たちを襲う外敵に対しては、雪原の守護者として立ち向かう。故に多くは、そうして戦いの中で命を散らしてしまうのだ。


 繁殖期を終え、最後の子が巣立つのを見届けた白狼は、番同士で山脈の向こう側へ旅立つという。厳しい山越えの先で、彼らは女神の御許へ迎えられるのだと語り継がれてきた。しかし近年は研究が進み、新たな生態が明らかになっている。実際は流氷に乗り、大陸の外側を迂回して南部へ渡っているという事実が判明した。


 南部の森林で神の牙として崇められる白い毛並みの老獪ろうかいな獣たち――彼らは遠い北の地より最後の安寧を求めて訪れた、遥かなる旅人だったのである。


 ――フラン・ビィ『神話と魔獣』(アーヴェン書房、一七九一年)




【登場人物】

 ウルカ:亜麻色の髪の女性。怪物狩りの専門家。外見は二十代半ば。


 セリーヌ:村の娘。怪物に殺された被害者の妹。七歳。

 白狼:森で頻繁に目撃される魔獣。


 ユウリス・レイン:本編の主人公。零話には登場しない。

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