第65話 ユートピア

 昼休みとは、至福のひと時である。今まで俺はそう思いながら、この二年間食堂に通い詰めていた。


 だが、今は至福なんて言う言葉では表せない。それはもはや、ユートピア、楽園である。


 図書館でのあの授業の後、今度は淡々と眠くなりそうな三時間目の授業を受けた。そして、そんな一時間の耐久も乗り越えて、ついにやってきた昼休み。


「謙人くん……お弁当、どうしましょうか?」


 はて、どこで食べるのがいいだろうか?食堂に持っていくか、中庭で食べるか、それとも、屋上?


 あれこれと思い悩んでいると、なんだか廊下がざわついていることに気が付いた。いったい何があったんだ?


「おい、見ろよ!あの子だって!噂の美人転校生!」

「めっちゃ可愛いじゃねぇか~!」

「やばっ!俺、告ってみよっかな……」


 ふむふむ、そういうことか。このくらいの時間になれば、学校に転入生が来たことがある程度広まっていてもおかしくないか。しかもそれが超絶美少女と来れば……


「決めた。涼風、食堂で食べよう」


「はい、分かりました……」


 これからほとんどの生徒が食堂で昼ご飯を食べる。俺はそこで、全力で涼風を甘やかす。……言うなれば、牽制だ。


 他のクラスや学年のやつは、涼風が転校してきたということは知っていても、俺と付き合っているということは知らないらしい。要するに、今ならアタックし放題と思われている。


 異性に対してまだ少しトラウマがある涼風からしたら、人気のないところで二人きりでの告白を受けるなど、かなりきついものだろう。

 そうならないための対策として、俺らの関係を見せつけてしまえばいいのだ!


 うん、我ながら名案だ!


「よし、それじゃあ、行くか!」


「はい!謙人くんとご飯、楽しみです!」


 こんなに可愛いことを言ってくれる涼風に、絶対に怖い思いなどさせるもんか!涼風の身の安全は、この俺が全身全霊で……!


「お、おい!食堂に行くみたいだぞ!」

「声かけてみようかな……?」

「でも、隣にいるやつは誰だ?もしかして……」

「いやでも、それはないだろう。だって、今日転校してきたばかりなんだろう?」


 後ろでこそこそ話し合っているのが聞こえる。本当に面倒くさいな、こいつら。暇なのか?


「涼風、お弁当箱、俺が持つよ」


「ありがとうございます」


 俺は涼風から弁当箱を受け取って片手に持ち、反対の手で涼風と手を繋いだ。ふっふっふ、これなら……


「おい、あいつ!手つなぎやがったぞ!」

「許せん!俺らの聖女様に!」


 え?聖女様?なんであだ名なんかつけてんの?しかも俺らのって何?なんでどいつもこいつもこの学校のやつらは勝手に自分のものにしちゃうんだろう……。



 そのまま後ろからうざったい視線を感じながら、食堂まで行った。


「さて、どこで食べようか?」


 昼休み、この学校の生徒の大半はここで食事をとるため、混んでいることが多い。


「俺のおすすめは窓際なんだけど、空いてるかな……?」


 端の方から視線を滑らせていくと……あった!


「涼風、あそこにしない?」


「私は謙人くんが決めてくれる所ならどこでもいいですよ」


 よし!じゃあ、決まり!


 俺たちは運よく二席空いていた窓際に座った。後ろをついてきていたあいつらは……諦めて自分たちのご飯を買いに行ったらしい。しつこくなくて良かった。


「じゃあ、開けてもいいか?」


「はい。上手くできてるか分かりませんが……」


 そんな、ご謙遜を!朝ご飯のクオリティーを見れば、涼風が料理得意だってことくらい一目瞭然だ!


 ゆっくりとお弁当箱を開けると……


「なんだこれ!めちゃくちゃうまそう!」


 二人用の大き目のお弁当箱の中には、おにぎりとおかずがいっぱい詰まっていた。どれもが輝いて見える。


「え!これ全部、涼風が作ったのか⁉すごすぎだろ!」


「いえ、そんな。簡単なものばかりですから」


 絶対に簡単なんかではない。だって、揚げ物が入ってるんだよ?しかも、冷凍のじゃなくて、しっかり手作りしたやつ。


「食べてもいいか?」


「はい、ぜひ食べてください」


「それじゃ、いただきます!」


 まずは、お弁当の定番、卵焼きを一口。


「うっま!」


 何だこれは!おいしすぎる!程よく甘いたまごに、ふわっふわの食感。そこら辺で売ってるものと比べ物にならないくらいうまい。


 続いて、エビフライを一口。


「うっま!」


 何だこれは!おいしすぎる!衣はサクッとしているにもかかわらず、中のエビはぷりっぷり!こんなにおいしいエビフライ、初めて食べた!


 その後もいろいろと手を付けたが、どれも「うっま!」の一言しか出てこない!それ以外の言葉を忘れてしまうほどうまい。


「涼風、全部、めちゃくちゃうまい!気の利いた言葉が出てこなくて申し訳ないが……」


 涼風は首を横に振って、微笑んだ。


「謙人くんの顔を見れば分かります。本当においしそうに食べてくれているので。ありがとうございます!」


「お礼を言うのはこっちの方だよ。こんなにおいしいお弁当作ってくれて、ありがとう!これはもう、涼風に胃袋掴まれちゃったなぁ……」


「私がつかんだのは、胃袋だけですか……?」


 その質問はずるいと思う。そんなこと聞かれたら、こう答える以外ないじゃないか。


「もちろん、心もがっちりホールドされちゃってます!」

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