168 赤い光
「ダメよユースケ!!」
背中にメルの声が聞こえたけれど、俺は注意を無視して戦闘中の二人へ突進していった。
『即死さえ免れれば、治癒師の力で復活できる』
頭の隅にゼストの言葉が蘇る。
けれど俺ははっきり言って死ぬかもしれない。親衛隊ですら瀕死に追いやったワイズマン相手に、ド素人の俺が即死を免れようなんて考えは甘い気がした。
こっちを振り向いたワイズマンの手が、俺を狙ってまっすぐに伸びた。広げられた掌に青い光が浮かび上がる。
俺が
容赦なく放たれた光は、俺の良く手を阻むように濃い青で視界を塞いだ。
全力で走っていた俺には、目前に迫った光を避ける余裕なんてなかった。
あまりにも一瞬の出来事で、自分の状況をはっきりと自覚できたわけじゃない。ただ、青い光に包まれた瞬間、クラウが俺を呼んだ気がした。
痛みなど感じなかった。
一瞬で世界は暗転し、激しく轟いていた戦闘音が耳から遠ざかっていく。
「ユースケ! ユースケ!」
ただその声だけはぼんやりとした音で俺を呼び続ける。
俺はまた死んでしまったのだろうか。
緋色の魔女にやられた時と同じ感じがする。あの時はコーラと引き換えにクラウから事前に掛けてもらった魔法で生き返ることができたが、今回それはない。
大した考えもなしに戦場へ飛び出した俺は、二人に辿り着く前に終わってしまったらしい。
あまりにも
俺がこんな目に遭う事で、クラウが赤く変身してくれればいいと思う。
そうなるために飛び出してきたのだから。
諦めと希望の両方を同時に味わって深い闇へと沈もうとすると、俺の思考を逆らってふと視界が開けた。
「えっ……」
青い空が見えて、次に涙いっぱいのメルが逆光に顔を陰らせて俺を覗き込んでくる。
「ユースケ、死なないで」
「メル……」
俺はまだ死んでいないようだ。けど、身体の感覚は消えていた。
まだ生きてはいるけれど、そこにはまだ治癒師の姿はない。
すぐ側にメルがいて、その向こう側には悲しみの叫び声を上げて泣くヒルドがいた。
頭の下が柔らかいのは、小さなメルが膝枕をしてくれているかららしい。どうせなら泣き顔じゃなく、お互い笑顔でそうしていたかった。
「ユースケは俺が治す」
そう言って近付いてきたクラウを、俺は「やめろ」と拒否した。
「こんなことに魔力を消費させるなよ。怒れよ。暴走したらアイツに勝てるだろう?」
クラウはまだ元のままの姿だった。かろうじて瞳の色が赤く色付いたように見えるが、髪は黒いままだった。
「泣いてるのか?」
「そうじゃないよ」
クラウははっきりと否定するのに、頬を伝った涙は隠せない。
最初魔王に会った時に思った、その肩書とは真逆の優男っぷりはまだまだ健在だ。
この世界を知る前に俺が思い描いていた魔王は、もっと冷徹で極悪人みたいなやつだった。
「泣くなよ、兄貴。怒ってアイツをぶっ倒せよ」
そういえば、初めて兄と呼んだ気がする。
再び暗くなる視界の隅に、赤い光が見えた気がした。
けれど、もうそれを確認することはできない。
「美緒を頼む」
俺が死ねば美緒が向こうの世界へ帰れなくなる。それは一番の心残りだけれど、この世界にならと思えてしまう。
どうかこの世界が救われますように。
俺は祈りながら、混沌とした闇へと意識を委ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます