124 異世界と言って連想するもの

 食事を終えて少しだけ町を散策した俺たちは、日の沈みかけた海岸で、どこまでも広がる海を眺めていた。


 観光客らしき姿はチラホラとあったが、波の音がうるさいくらいに静かな夕暮れだ。

 明日に覚えた不安が少しだけ軽くなって、青灰色の空に朱を混ぜていく夕陽を見上げて、俺は海風を大きく吸い込んだ。


「二人の世界に海はないの?」

「海はあるよ。一応な」

「一応?」

「家からは遠いってことかしら。それに数時間で行けるような海は、こんなに奇麗じゃないわ」


 サラサラの白い砂が、波の底に透けている。

 チェリーの言葉に「そうなんだ」とうなずいて、ヒルドがキャンバスをはかるように海へ向けて人差し指を伸ばし、片目を瞑った。


「僕は小さい時から、いつもこの海を描いてたな」


 ヒルドは手を振り降ろして、懐かしむような顔で俺たちを振り向いた。


「この間ちょっと行っただけだったけど、向こうの世界は何か色々凄かったね。にぎやかで、機械的で、あぁ、異世界ってこんな感じなんだなと思ったよ」

「そうか? まぁ確かに機械とか科学を出したら、向こうの方が凄いんだろうけど。向こうには魔法師がいないからな。こんな感じの風景は向こうにもあるし、異世界とはいえそんなに変わらないかもって俺は思ったよ」

「そうね。ここは海外の風景と似てるわね」


 波風に目を細めるチェリーに、俺は「だろ?」とメルを真似て人差し指をくるりと回した。


「俺たちが考える異世界ってさ。魔法使いもそうだけど、もっとこうドラゴンがいたり、スライムが居たりするんだよな。カーボみたいな野獣系は、向こうにもいるからなぁ」

「スライムってのは知らないけど、ドラゴンならこの国にも居るよ」

「ええっ?」


 唐突にヒルドはそんなことを言う。

 「こういうのでしょ?」と右手を大きく振って、龍の波打つ胴体を宙に描いて見せた。


「神様みたいなものだから、本当にいるかどうかは怪しいけどね。ドラゴンはこの国の守り神で、聖剣を守っているらしいよ。まぁ、絵本の中の話だけかもしれないけど、そう聞いているよ」


 それは日本で言うヤマタノオロチみたいなものだろうか。俺はそんなもの現実に見たことが無いから、ここでいうドラゴンもそうかもしれない。


 この国に少しずつ馴染みだした俺は、自分が異世界に居るという自覚が薄れてしまっていたらしい。

 今ここにエルフや言葉を話すモンスターが現れても、それはこの世界では特に説明がいらないくらいの仕様で、すんなりと受け入れることができそうな気がする。


 ドラゴンを見てみたい好奇心と恐怖が交互に沸いてくるが、今はそれよりも早く美緒に会いたいという気持ちが大きかった。

 赤い夕陽が水平線の雲ににじんでいくのを静かに見つめて、俺たちは帰路についたのだ。


   ☆

 王都ハスラに戻ると、町はすっかりお祭りムードになっていた。

 通りを挟んだ家と家を渡してカラフルなテープや花の装飾が賑やかに飾られている。チルチルで見たものと同じクラウのポスターも店ごとに貼られていて、いよいよ明日だという空気に俺は妙な緊張を走らせた。


 建国祭に万全の体調で行くことが、俺にできる唯一の準備だと思う。

 チルチルの散策をしたことは楽しかったけれど、美緒のことが始終気になっていたのも事実だ。

 そして俺の読み通りチェリーの家でシャワーを浴びると、すぐに寝付くことができた。


 深い眠りの終わりに、俺は夢を見た。

 そういえば美緒は一度だって瑛助の仏壇に手を合わせたことが無い気がする。

 夢の内容は全然覚えていないが、俺はそんなことを思い出しながら温い布団で目を覚ました。


「お前はずっとクラウが生きてるって信じてたんだよな」


 美緒の無事を祈り、俺は「助けに行くから」とその意思を胸に止める。

 今日の目覚めにチェリーの姿はなかった。俺の目覚めは彼の予想より大分早かったらしく、身支度を整えて下へ降りると、それまで談笑していた二人が急に無言になって、驚愕の目を向けてきた。


「おはよう」

「ユースケ、もう起きたの?」


 そういえば俺はこの世界に来てから、いつも起きるのが遅かった気がする。


 目覚めたのは、まだ夜明け前。

 とりあえず体調は万全だ。

 朝、キアリの万能薬を一気飲みする。二日前に作った残りを再沸騰させたせいで、不味さが更に際立った気がするが、今はこの力にすがりたいと思ってしまう。


 み込むようなひんやりとした空気の漂う街は、まだ薄暗いというのに人が溢れていた。その殆どが城を目指して歩いている。

 俺は胸元をぎゅっと握りしめて二人を振り返った。


「ヒルド、チェリー。俺じゃ力不足なのはちゃんと自覚してるから。だから、頼ってもいいか?」


 こんなことを口にするのは少し恥ずかしかったけれど、伝えなくちゃと思っていた。

 二人は顔を見合わせて、噴き出すように肩をすくめる。


「馬鹿だな、ユースケ。今更そんなこと言うの? 僕たちは戦友じゃないか」

「お互い様よ。この世界に来て、私は貴方に会えてよかったと思ってるんだから」


 「ありがとう」と二人に伝えて、夜明けの町に踏み出した。

 人の流れについて、城への少し長い距離を歩く。

 今日起きるだろうことを予想して、クラウが聖剣を抜けますようにと祈りながら。




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