119 3日後
彼女の手中で、光が球体を
光沢のあるガラス玉、というのが近いだろうか。ミーシャの説明通りバレーボールほどの大きさだ。
俺たちメル隊の3人は、目の前に突き出されたその球体を恐る恐る覗き込んだ。
「これは、その時映ったクラウ様の保管者の姿だよ。記憶させてある」
ティオナがそう言うと、球体の中の光は一度中央に集まり、そこから
「これ?」と思わず眉をしかめたのはヒルドだ。不鮮明どころか、指摘するには申し訳ないくらい見切れた画像に、俺も「なぁ」と同意する。
けれどティオナは「これだよ」と
球体に映るのは一枚の静止画だ。どうやらスクリーンショットのような機能らしい。
鮮明か鮮明でないかというよりは、映っているか映っていないかという問題。バストアップで撮った写真の、首から上をバッサリ切り取ってしまったような、奇妙な首無し写真だった。
「顔はないのか?」
「ないよ」
顔を映したくない意思さえ感じてしまうが、ティオナは「感度が悪くてね」と苦笑する。
「大きな胸だね」と口を丸く広げるヒルド。
確かにミーシャからは胸の写真だと聞いていたが、ここまでだとは思っていなかった。
ただ、映し出された巨乳の持ち主が、俺と同じ
「この世界に彼女が来たせいだと思うけど、今じゃはっきりミオを映すよ」
そう言って次に映したのは、美緒の笑顔だった。何気なく見ていたいつもの表情に、胸が締め付けられるように苦しくなって、俺は黙ったまま胸元を握りしめた。
「まさか保管者本人が、クラウ様の血縁を引き寄せることになるとは思っていなかったけどね」
「俺の事ですか」
「元老院は、クラウ様をあっちの世界から断絶させたいんだよ。ところが、お前が現れたことで忘れたはずの記憶を、少しずつとはいえ思い出してしまっている」
「俺のせいだって言いたいんですか? クラウが俺の保管者になってしまったから……」
「そうではないよ。クラウが聖剣を抜けないのは、お前が来る前からなんだから」
ふふふっと老齢の魔女のように笑うティオナ。外見はラノベに出てくる理想の二次元嫁なのに、仕草や話し方は年相応に見えてしまう。
「保管者を消すことばかりが手段じゃないと思ってはいるけれど、いまだにクラウは聖剣を抜けていない」
「だから、向こうの世界に行かせたんですよね?」
俺とクラウとメルで、向こうで過ごしたたった一日。
「向こうに行ったのは聖剣を抜くためだって聞いたけど。こいつが背負っていることの半分も俺は気付いてやることができなかった」
――『覚悟はできたか――?』
ヒルドが伝えたティオナの言葉に、クラウは『あぁ』と答えていたが、そんな気持ちは欠片も外に出していなかった気がする。
「それで、どうしてクラウはあそこに倒れてたんだ?
「選ばれないものが聖剣を抜こうとすると、剣に拒絶されるんだよ」
ティオナの説明だと、剣には守り神がいて、その意思にそぐわない人間が抜こうとすると天罰が下るらしい。俺は好奇心で触れようとしていた自分を思い出して、ほっと胸を撫で下ろした。
「ミオは今生きてるんだよね?」
ずっと何か考えてる様子だったヒルドが、突然そんなことを口にする。
「そうだね」と答えて黙り込んだティオナに、ヒルドは両手を腰に当てて眉をひそめた。
「ごめんね、ユースケ。こんなこと言って気分悪くしたら後で謝るから」
「おぅ」
「クラウの保管者は消す、とか。貴女たちは物騒なことばっかり言うけどさ、本気でそうしたいならもうしてると思うんだ。あの人たちならやるでしょ? 元老院は、ミオをどうするつもり?」
ティオナは掌をいっぱいに広げ、詠みの珠をパチリと潰した。白い光が細かい光の粒となって
彼女はゆっくりと顔を上げ、俺たち三人を見回すと、
「……三日後だよ」
そう告げて、きつく唇を結び合わせた。
「三日後?」
ティオナは無言で頷くと、疲れ顔で淡々と説明を始める。
「一月後の予定だった建国祭が、三日後に早められることになった」
「そんなに早く?」
メルがサファイヤの瞳を「えっ」と大きく広げた。
「魔王様が聖剣を抜けない噂は、もう国民にも広まってしまっているんだよ。他国が敵意を行動に示す前に……いや、外の人間だけじゃない。再びクーデターが起きる前にこの騒動を収めなければならないんだ」
クーデターという言葉に反応して、メルが俺の手をそっと握った。
「祭りを開くまでの、最低の準備期間。三日後に祭りを開いて、もう一度クラウ様に聖剣へ挑んでもらおうというのが元老院の決定だ」
「また剣を抜かせるのか?」
「抜かなければどうにもならないんだ。それで抜けなかったら、早急に魔王交代すら視野に入れなければならない」
「秘策でもあるのかよ」
「そんなものないよ。ハイドは見届け人として現れるだろう。ミオにもそこで会えるだろうよ」
「だろう、って。本当に、美緒はハイドに捕まっているのか?」
三日後に早まった建国祭。
そこにハイドが美緒を連れて来るなんて、都合のいい憶測でしかない。
何の確証もできないのに、俺は落ち着いてなどいられなかった。
「ダメだ、ティオナ様。やっぱり俺を今すぐに美緒の所へ連れて行ってくれ」
俺は必死になって頭を下げた。何をしてでも美緒に会えればいいと思ってしまう。
それなのに、ティオナは俺の願いを受け入れてはくれなかった。
「断る。けど、彼女はまだ生きてる。それだけは私の言葉を信じてくれないか?」
「そんな……」
「私もこの国が大事なんだよ。だから、建国祭まで待って欲しい。当日が来たら、お前の
「どういう……意味だよ」
彼女の言葉はどこか
それが余計に
「やめなさい、ユースケ!」
「ユースケ!」
俺はメルとヒルドの制止を振り切って、何も考えることができないまま腰の剣を抜いたのだ。
けれど、俺の意識はそこで途絶えた。
メルの悲鳴が耳の奥に遠のいて、視界が暗転する。
俺が最後に見たものは、ティオナの目からこぼれた1粒の涙だった。
俺にはそれが現実か夢かの判断などできなくて――。
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