100 愛が強すぎる
ヒオルスは、魔王だった頃のメルーシュに仕えていた親衛隊の男だ。
かつての魔王が長い年月の間世襲制によって選ばれていたように、親衛隊もまたそうであり、彼はゼストの祖父に当たる。
メルーシュからクラウへの魔王交代の時期が早すぎたせいで、今の3人はまだ10代でその肩書を背負った。
そんな話をしてくれたヒオルスは、「今までにない事態だったんだよ」と腕を組む。
「ヒオルス、全然変わってないわね。10年……11年ぶりかしら。また会えて嬉しいわ」
「懐かしいお姿でいらっしゃる。お元気そうで何よりです」
笑顔いっぱいで抱き着いたメルをひょいとその剛腕で持ち上げ、ヒオルスは軽々と自分の肩に座らせてしまう。
ゼストも相当な体格の持ち主の筈なのに、ヒオルスは更に一回りほど大きく見えた。顔に刻まれた皺がその歳を物語っているが、それ以外は現役の戦士と大差なく見える。
首の後ろで結ばれたオールバックの黒髪に、鼻下の髭、腰に提げられた大ぶりの剣。もちろんタキシードは着ていない。ファンタジーの世界から飛び出したような
ゼストとは違うなと思ったが、目元の感じが少し似ている。
「でも、どうしたの? そんな格好で」
「メルーシュ様が戦っていると聞きまして。私たちが出ないわけにはいきません。ティオナ様に、ここで待っていればメルーシュ様が現れると聞きましたので」
それを聞いたクラウが「へぇ」と眉を上げた。
「元老院が許したの?」
「いえ、ティオナ様の所へ直談判してきました。折れていただきましたよ」
「そうか、それは良かった。けどティオナは僕がここに来るってお見通しだったってことだね」
「えっ。もしかして、ずっとここで私を待ってたの?」
ヒオルスさんの頭にぎゅっとしがみついて、顔を覗き込むメル。
「たいした時間じゃありませんよ。五時間も経っていません」
「それって、僕がティオナ様に呼ばれて向こうに発つより前からなんじゃない?」
平然と話すヒオルスに、ヒルドは目を丸くした。俺も「すごい」と声に出してしまう。
5時間もこんな場所でメルを待っていたのか。
「メルーシュ様の事なら、幾らでも待ちますよ」
勇ましくドンと胸を叩いたヒオルスのキメ顔が、「ありがとう」と微笑んだメルにあっけなく崩れてしまう。最初は気難しそうに見えたが、メルに対する彼はそうでもないらしい。
「
「親衛隊は、今のメルと関わることを元老院から禁じられていたんだよ」
コソコソと言い合う俺たちに、クラウが説明してくれた。そこはあまり気にしていなかったけれど、ヒオルスの忠誠心の奥深さを知った気がして、「そうなんだ」と声を揃えた。
「ゼストのこと聞いたよ。経過は?」
「あぁ……」
クラウにそれを聞かれると、ヒオルスはくしゃくしゃの目を強く閉じてため息をこぼしながらメルをそっと地面に下した。
「うちのがヘマやらかしまして。修行が足りませんな。申し訳ございません」
膝を折って深々と頭を下げるヒオルスに、クラウは「やめてくれ」と手を振った。
「ゼストが無事ならいいんだ。城に戻る前に一度顔を見ておきたいんだけど、今どこにいる?」
「そんなのは、時間の無駄というものですよ」
「まぁそう言うなよ。少しだけ、な」
孫を
「私もゼストに会いたいわ」とメルもヒオルスを
「町は無事だね、良かった。城はちょっと見えにくいけど」
俺も二人の横で目を凝らすが、城の状況は確かに良くわからなかった。
「明日、再生の儀を行うと、ハイド様がおっしゃられていましたよ」
「全く、壊したり戻したり、忙しい男だね」
ハイドが敵なのか味方なのか、俺はいまだによく分からなかった。
「僕も急がないと」
「再生って、魔法で城を直すのか?」
「そうだよ。建物には生命が宿ってて、修復師が話をするんだ」
どうやら家と話をするらしい。今流行りの擬人化で可愛い女子が現れる……わけではないのだろう。例えそうであっても、あの城では冷酷な黒騎士みたいなのが出てきそうだ。
「繊細な仕事でね。残念ながら僕にはその能力がないけど、マーテルが得意でさ」
トード車の運転が荒いマーテルからは、想像もできないような特技だ。
「では、急ぎますか。まずは店へ。孫は店で美しい女性に囲まれて鼻の下を伸ばしているでしょうよ」
嫌味を含んだその言葉に、俺はハーレム状態のゼストを想像してしまう。
リトと佳奈先輩に加えて、あの店には金髪おさげのシーラもいる。
ヒオルスの言いっぷりだと、ゼストの怪我も大したことはなさそうだと安堵して、俺たちはゴンドラの乗り口を目指した。
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