98 3兄弟

「ゼストが怪我? 何があった? 無事なのか?」


 飛びつくように質問を投げるクラウに、ヒルドは「落ち着いて」と手をかざす。


「三人がこっちに来た後も戦闘が続いてて、城が大分やられてる。けど修復師がいるから平気だってティオナ様は言ってるよ」

「修復師って、どういうことなの?」


 クラウとメルが焦燥しょうそうを募らせるが、俺にはその異常を読み取ることができなかった。俺たちが見た最後の状態はまだ庭の被害だけに見えたが、それが城にまで及んでいるのかもしれない。


「死者は出てないみたいだけど、負傷者が多くて治癒師が国中からかき集められてるよ。ゼストにもリトさんが付きっ切りだ。カナも側にいるし、だいぶ落ち着いては来たけどね」


 力なく笑うヒルドの頬には、細かい傷跡が幾つもあった。俺たちが別れた時にはなかったものだ。「大丈夫だよ」というものの、その表情に疲れがにじみ出ている。

 俺たちがこっちの世界へ来て、およそ19時間が過ぎている。向こうの世界は倍の38時間が過ぎているのだろう。その時間で何があったのだろうか?


「アイツは……? 美緒たちは怪我してないか?」


宗助そうすけの前でチェリーの名前は控えた。ヒルドは察して「みんな無事だよ」と答える。俺たちは3人で顔を見合わせ、ホッと胸をで下ろした。


「それにしても、この暑さは異常だね」


 「私もびっくりしたわ」とメルも額の汗を何度も拭う。ヒルドはバタバタと手で顔をあおぎながら俺たちを見渡して、「あれ」と宗助に目を止めた。


「彼は?」


 突然注目されて会釈えしゃくする宗助。緊張気味にうろうろさせた視線がヒルドの腰にささったギラギラの剣に興味を示した。

 

「か、かっこいいですね、その剣」

「ほんと? そう思ってくれるの? ありがとう。あっ、もしかして君が二人の弟? 確かに似てるね」

「ヒルド!」


 突然の暴露に俺は思わず取り乱して声を上げた。


「弟……?」

「あ、いや、何でもない。何でもないんだ……けど」


 けれど俺は、やっぱり本当のことを話したいなと思ってしまう。

 宗助にはもう異世界の話はしているし、戻る前にクラウは記憶を消すと言っていた。その事実が俺の好奇心を掻き立てる。

 本当のことを話したら、宗助は何て言うだろう。


「クラウ……いいか?」

「そうくると思ったよ」


 クラウが「構わないよ」と同意して、俺は「やった」と控えめにガッツポーズする。


「宗助、お前、異世界転生って信じるか?」

「それってラノベとかアニメとかにある?」

「そうだ。お前の家に、仏壇があるだろう? お前の兄貴・速水瑛助が、異世界転生したクラウだって言ったらどうする?」

「はぁ?」


 宗助はきょとんとした目をクラウに向けて、「へっ?」と声を上ずらせる。

 意味不明だろう宗助の頭の中は手に取るように分かったが、俺は心の中でニヤニヤと笑いながら、真顔で真実を突き付けていく。


「因みに、俺もお前の兄貴だからな。俺は訳あって、向こうに転移してる。俺の存在は世の中から抹消されてるから覚えてないだろうけど、この間まで一緒に暮らしてたんだぜ」

「ええっ。いやいや、僕の兄弟は死んだ瑛助だけだし。信じられませんよ」


 不審者でも見るような目つきで俺とクラウを何度も見比べ、やがて宗助は「本当なの?」とメルに答えを求める。


「確かに、ユースケさんは名前が似てると思ってたけど……」

「ソースケの顔は、どちらかっていうとクラウ様に似てるかしら」

「本当?」


 メルの言葉は素直に信じるらしい。そして明らかに喜んだ顔を俺は見逃さない。

 タレ目の宗助が王子顔だなんて、俺は納得がいかない。


「お前と俺は母親似だろ」

「そんなに大差あるわけじゃないわよ。三人とも似てるってことでいいじゃない。実際そうなんだから」


 歓迎会でエムエル姉妹にもてあそばれた時の記憶が蘇ってきた俺はメルの意見に賛同できなかったが、ヒルドまでが「似てる似てる」と頷いている。


「僕たち3人が兄弟だってことは、僕だってユースケだって最初は驚いたよ。ソースケが信じるか信じないかは任せるけど、僕たちが向こうに戻るときには、昨日からの記憶を消させてもらうよ」

「そうなんですか?」

「異世界転生ってのはそういうもんだろ?」


 異世界に行った主人公が元の世界で忘れられてしまう事なんて、ラノベ業界ではよくある話だ。

 宗助は残念そうに肩を落としつつも、「確かにそうですね」と納得する。

 そんな宗助にメルが「私はソースケのこと忘れないわ」と言ってくれたお陰で、暗くなった気分もどこかに吹き飛んでしまったようだ。


「正直、騙されてる気もするけど、どうせ忘れてしまうなら今は信じます。本当なら、僕も連れてって欲しいくらいですよ」

「それは、ごめんね」


 丁重ていちょうに断るクラウに「いいえ」と首を振って、宗助はその後も俺たちを何度も見比べていた。


「そうだ。クラウ様、ティオナ様から言葉を預かってきたよ」


 ピリリとした緊張を走らせて、クラウが黙ってヒルドへ身体を向けた。


「覚悟はできたか?」


 声色を変えて、ヒルドはその言葉を告げた。

 「あぁ」と答えたクラウは、俺と宗助を振り返って、ホッと表情を緩める。


「この世界で、ソースケに会えて良かった。二人が僕の弟だという事を知れて良かったよ」

「俺も、二人が兄弟だって知れて良かったです。ところで、クラウさんは偉い人なんですか? クラウ様、って」

「あぁ、こいつは魔王なんだぜ」

「ええええっ」


 一際ひときわ大声を上げる宗助に、どこかの家の窓がピシャリと閉まる音が響く。

 

「ま、魔王? クラウさんと、ユースケさんが俺の兄貴で、クラウさんが異世界の魔王??」


 細い垂れ目を丸くして、宗助が「マジですか??」とまた叫んだ。


 そんなやりとりを、俺は何だか寂しいと思った。

 三人でいるのが今だけなのだと思うと、名残惜しく感じてしまう。


「よし、じゃあ扉を開放するよ。僕にはみんなを飛ばす力がないから、クラウ様に託すからね」

「了解」


 ヒルドは懐に手を入れて、黒い塊を取り出した。ゴツゴツと角ばった黒い石で、ゴルフボールくらいの大きさだ。

 ポンと真上に放り投げると、石は重力を無視して俺たちの頭上の高さで静止し、強い光を放射させた。


 眩しさに手をかざすと、すぐにそれは収まった。まさかもう門の場所に着いたのかと予想するが、そろりと目を開けるとまだ公園の風景が広がっていた。


「あれ、さっきの石がなくなってる?」

「あれは魔力の石よ。封じ込めた力を開放すると消えてしまうの」

「へぇ、そんな便利なものがあるのか」

「でも希少なものだから、ほとんど使える機会もないけど。私も使ったのを見るのは初めてよ」


 メルが興奮気味に説明してくれる。そんな凄い瞬間を、俺は良く分からないまま目にしてしまったらしい。


「で、何か変わったのか?」


 残念ながら俺にはその変化が全く分からなかったが、クラウは頭上を仰いで「うん、変わったよ」と頷いた。

 そして、「ユースケ」と俺を呼ぶ。


「お前はここに残ってもいいんだよ? 美緒はちゃんと戻すから、待っててくれてもいい」


 突然の話に、俺は「はぁ?」と眉をひそめる。


「お前までハイドと同じこと言うのかよ。俺が行ったら邪魔なのか?」

「そうじゃないよ。けど、向こうは危険だっていう事。この世界に残ることを望むなら、こっちでのユースケの存在も戻るから」

「危険なのはわかってる。けど、俺以外はまだみんな向こうにいるだろう? お前だって向こうに戻って聖剣が抜けなかったらどうするんだよ」

「望まれない王は、町に下りて静かに暮らすよ。僕はこっちの世界には戻れないからね」

「そいういのを笑いながら言うんじゃねぇよ。他人じゃない。お前はグラニカの王で、俺の兄貴なんだろ? だったら俺は、お前が聖剣を抜くのを見届けてやる」


 込み上げる衝動に任せて言い切った俺は、相当な権幕だったらしい。不安そうにするメルの顔が視界に入って、俺は慌てて「ゴメン」とその頭を撫でた。

 メルは無言のまま横に首を振って、「ユースケも行きましょう」と言ってくれた。


 そして、別れの時は想像よりも呆気ない。


「ソースケ、どうもありがとう。とっても楽しかったわ」

「俺はまた帰ってくるけど、お前が今のままでも全然いいからな?」

「今?」


 俺だけが知っている、宗助の別の顔。次に会う時のコイツがどっちでもいいと俺は思った。


「ありがとう、ソースケ」

「じゃあねっ」

「俺のほうこそ、ありがとうございました」


 俺たちが口々に別れを告げると、宗助は目にいっぱいの涙をためて手を振ってくれた。


「泣かなくていい」


 クラウの右手がそっと宗助の頬に触れた。それはほんの数秒。

 瞬間的に涙が引いて、我に返るように目をぱちくりとさせる。

 宗助を離れた手が頭上へと高く掲げられ、白い光があふれた。


「あ、あれ……?」


 困惑した宗助の声が遠のいていく。


 視界が白に塞がれた俺たちは、強い風に吹かれた。

 俺はてっきり門のある『次元の間』に出るのだと思っていたのに、目を開いた視界に飛び込んできたのは、どこまでも広がる高原の風景だった。


「ここは……」


 俺が知っている場所だ。

 高台の先端に建つ円柱のモニュメントに、俺の中のメルの記憶が引っ張り出される。


 ――「ここは、10年前の戦いが起きた、とむらいの場所なのよ」


 俺がメルと初めて討伐に来た、エルドラの地。グラニカ自然公園に佇む慰霊塔の前だった。


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