60 迷コンビの行動力

 両親のこと、家のこと、一番下の弟のこと。

 怪しげにひん曲がったカーボの骨付き唐揚げにかぶりつきながら、俺は色々とつまんで話していく。


「あの時見た写真の男の子は、僕だったんだね」


 クラウは両手を胸の前で合わせて見せた。家の仏壇の前で拝んだ時のことを思い出したらしい。


「そうそう。あそこには爺ちゃんと婆ちゃんもいるから、瑛助えいすけが来てくれて嬉しかったんじゃねぇかな」

「そうか。けど、もう一人弟が居たのは驚いたな。全然覚えていなかったよ」

「アイツは生まれたばっかだったからな」


 当時0歳だった弟を抱いて、母は背を丸めて泣いていたのだ。

 クラウは俺のことは何となく思い出したようだが、この異世界に来た経緯は覚えていないらしい。

 夕方ティオナに詳細を聞きに行くらしいが、彼女はそれを知っているのだろうか。


「じゃあ、美緒のことは?」

「ミオって、ユースケが連れ戻したいって言ってる彼女だよね?」


 美緒の名前を出した途端、喜々とするクラウに、俺はイラッと沸いた感情を静かに胸へ留めた。


「アイツは生まれた時から隣に住んでる。お前も良く遊んでたらしいぜ」

「そうなの? へぇ」


 どうやらこれも覚えてはいないようだ。


「ミオとは会えた? 今朝彼女と挨拶したし、奪還だっかん作戦はまだ達成できていないようだね」

「ゲームみたいに言うなよ。そしたらお前がラスボスだろ? それに、美緒とは会えたんだ。今朝って、アイツは元気だったのか?」

「別にいつもと変わりなかったけど。何かあったの?」


 いつもと同じだったのか。

 少しくらい思い悩む素振そぶりを見せたとか、沈んでたとか、そういうのはないのか?


 急にどっと疲れを感じる。俺はやっぱり、元の世界へ帰してもらった方がいいのかと思ってしまう。

 俺が城に居るなんて知ったら修羅場が起きそうだけれど……アイツはそんなヤツじゃなかった筈だ。

 もっと柔らかい気質で、俺がアホな下ネタを言っても笑ってくれたのに。


「昨日、美緒に会った。そしたら帰れって言われたんだけど、何でだと思う?」

「ミオが? そりゃあこっちにいる方が毎日楽しいからじゃない?」


 認めたくはないけれど、そういう事なのかもしれない。

 せめて魔王への愛でないことだけは祈らせて欲しい。


「僕は、僕の所に来てくれる女の子たちに、この世界での快適な暮らしを提供してるだけだよ。おどしてる訳でも、変な入れ知恵してる訳でもないからね」


 俺が勘繰かんぐる前に、否定されてしまった。

 そうだよな、と俺は部屋をぐるりと見回した。こんなお城に部屋を与えられたら、帰りたくないのはごく当たり前の感情だと思える。


 食事が済むと、クラウは仕事があるからと席を立った。


「後で片付けに来させるから、のんびりしてて。ティオナの所に行く時に、また迎えに来るよ」

「分かった。あ、あとさ」


 扉に手を掛けたクラウを引き止めて、俺は椅子から立ち上がる。

 コイツに言っておきたいことがあった。


「どうしたの?」

「俺のこと、こっちに連れてきてくれたことは感謝してる。それと、俺一度死んだから……お前のお陰で生き帰れた。ありがとな」


 「どういたしまして」と微笑むクラウ。


「メルと一緒に居させたこと、怒ってる?」

「いや」


 俺を殺したのは、メルでありメルじゃない。彼女といると色んなことがありすぎるけれど、それでも何故か嫌だとは思えない。

 ヒルドが彼女に言ったように、メルは俺たちメル隊の隊長だ。

 

「メルで良かったよ」

「なら、良かった。今日の夕げはユースケの歓迎会をしようか」

「歓迎会?」


 突然の提案に、俺はえっと眉をひそめた。


「そっちの世界から来た女の子たちを紹介するよ。みんなもう、凄いコたちばかりだからね」


 その「凄い」という言葉に思わず期待して酒池肉林状態を妄想してしまうが、手放しで喜べる状況ではない。


「美緒も来るのか?」

「来るんじゃないかな?」


 笑顔で答えて、クラウはそのまま部屋から出て行ってしまった。


   ☆

 俺の歓迎会に美緒が現れるとは到底思えないが、そのシーンを想像しただけで胸がチクリと痛む。

 昨日の今日で、「昨日はごめんなさい」と円満に解決できるとは思えない。

 「まだ居たの?」としいたげられる方が、よほど現実的に思えて、俺は「はぁ」と息苦しさを逃れるように再びバルコニーへ向かった。


 青空の下でクラウに声を掛けられた時とは一転して、暗い雲が西の空にどんよりと広がっている。

 さっきいた庭師は既に居なくなっていて、シンとした庭にガサガサと葉のこすれる音が響いた。


 風はない。誰かいる……のか?


 この世界に来て幾度いくどとこんな場面に遭遇している俺は、モンスターの登場だろうと予測してしまう。

 けれど音の主を探して庭を見渡したところで、俺はすぐそこの草陰にまさかの人物を発見した。

 ここは黒い壁に囲まれた、魔王の城じゃないのか?


「おい」


 声を上げては不味いと思ったが、小さな音でそう呼び掛けずにはいられなかった。

 必死に隠れようという姿勢は見ていてわかった。俺も庭に居たら気付かないのかもしれないが、二階からは丸見えだ。


 先に気付いたおかっぱ頭が、かがめていた背を伸ばして、


「ユースケ!」


 と満面の笑みで手を振って来た。なぜか奴は、大きくて角ばった風呂敷包みを斜めに背負っている。

 そんなヒルドのかたわらにはメルの姿もあった。ぴょんと跳ねながら両手を頭上に上げて俺へのアピールを飛ばしてくる。


 どうして二人がここにいるんだ――?

 そんな所に潜んでるってことは、堂々と正面から入ってきたわけじゃないんだろう?


 そして、「あああっ!」と別の方向からの可愛らしい叫び声。


 庭の花々にも負けない、食い込んだハイレグ姿をさらした、治癒師こと魔王親衛隊のリトだ。


 この状況は、もしや不味いのでは?


「ふ、不法侵入者ですっ!」


 そんな彼女の声が俺の耳に届いた。

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