46 今夜、彼女と過ごす相手は

 ヒルドの負傷に駆け付けた治癒師ちゆしは、何とリトだった。


 ストレートロングの黒髪に隠れた貧乳も、小動物系の丸い目や眼鏡も記憶のままだ。

 そして、何といっても魔王親衛隊女子の制服だというハイレグが、もうこれ以上にないくらい俺の目を和ませた。


「ねぇ、ユースケ」


 メルの声に振り向いて、俺はギョッと目を見開いた。


「ユースケはやっぱりああいう服が好きなの?」


 メルの両手が足の付け根にあてがわれ、『コマネチ』ポーズを作っている。


 (だから! 可愛い女の子がそんなポーズをしちゃあいけない!!)


 俺は「ダメダメ」と小声で叫んで、両手でバツのポーズを示した。

 メルは良く分かっていないような顔で頷きながら、手を横に下ろす。俺はホッと息を吐いて、改めてリトに顔を向けた。


 今日は治癒師として来てくれたせいか、左腕に赤十字の腕章をしていた――いや、違うぞ。赤と白が反転した、何故かスイス国旗だ。


「魔法使いが『飛んで』来るとこって、初めて見たよ」


 この中じゃ一番一般人の部類だろうマスターのアイルが、目を丸くしている。


「はぁい、リト」

「あっ、チェリーさん! お久しぶりです」

「おととい会ってるけどね」


 そういえば、魔王の巨乳ハーレムメンバーに、とチェリーをこの世界に引き込んだのがリトだったはずだ。

 彼女はチェリーの横に居た俺に目を留めて、じっと覗き込んできた。前に会ったことを覚えていてくれたのだろうか。

 俺がぺこりと頭を下げると、リトはハッと目を広げて「あああっ!」と声を上げた。


「貴方は! 次元の間じげんのはざまで魔王様と一緒だった……ブースケ?」

「ブ? いや、そうじゃなくて」


 何とも嫌な感じに間違われている。


「ユースケよ、リト」


 メルが人差し指を立てて訂正すると、リトは「あ、そうでしたね」とあっさり納得した。


「ユースケさんでしたね。確か、魔王様の愛人の」

「ええっ、そうだったの?」

「断じてそうじゃありませんから!」


 初めて会った時もそうだったけれど、完璧にリトに誤解されている。

 チェリーまでも「だったら私でもいいんじゃない?」と俺をからかってきた。


「はっは。何だお前、そうだったのか。けど、俺は男に興味ないからな?」


 ゼストがキメ顔で言ってくるのを、ヒルドが冷たい視線で見つめている。

 わけの分からない冗談で、こじらせないで欲しい。


「先生とか、絶対ないですから! って言うか、リトさんに治してもらうために呼んだんじゃないんですか?」

「おぉ、そうだったな。リト、さっきユースケとそいつがジーマと戦って、怪我してんだ。診てもらってもいいか?」

「任せてください、ゼスト!」


 ピースサインでリトさんは敬礼の真似をしながら俺の所に歩み寄って来る。


「貴方の方が元気そうだから、先にやっちゃいますね。異世界から来た人がジーマと戦うなんて、ムチャなことしない方がいいですよ!」


 リトにたしなめられると、素直に「ごめんなさい」と謝れてしまう。

 「へぇ。アンタ異世界から来たの」と、アイルとヒルドが声を合わせるが、それほど驚いた様子は見せなかった。


「あ、言ったらマズかったですか?」

「この二人になら構わんだろ」


 ゼストは倒れていた椅子を起こして「座ってろ」と促した。平然としているように見えたヒルドだが、額にびっしょりと汗がにじんでいる。


「じっとしていて下さいね」


 リトは横に立って、俺の背中と胸を掌で挟んだ。

 うっすらと甘い匂いがする。彼女の手の温かさがジワリと伝わってきて、俺はドキドキする心臓の鼓動を必死に隠そうとしたが、この状況でそれは無謀というものだ。


「何してるんですか?」

「色んな流れを読み取っているんですよ。何となくですけどね」


 治癒師という割には、だいぶ抽象的だ。

 リトは胸に当てていた手を今度は俺の額に当てて、何やら小さく言葉を唱えた。


 魔法だろうと思って、俺は緊張を走らせる。

 目上に眩しさを感じてまぶたを閉じると、患部に熱を感じた。少し熱いと思える程で、反射的に彼女の手を逃れようと身体を引いたが、もう一方の彼女の手で強く引き戻された。


「駄目ですよ、すぐ終わりますから」


 彼女の息が耳に届いて、俺はぎゅうと全身に力を込める。

 数回大きく深呼吸したところで、額の熱は冷め、彼女の手が俺を離れた。


「もう大丈夫です」


 あまり実感はなかったが、メルが「ほんとだ、綺麗になってる」と俺の手に飛びついてきた。


「ありがとうございます」

「うん。それより――問題は貴方ですね」


 みんながリトの視線を追って、一斉にヒルドに向いた。


 椅子の背にぐったりと身体を預けて、荒い呼吸を繰り返すヒルド。

 顔もどこか青ざめて見える。

 ゼストは彼の横にリト用の椅子を並べた。


 リトはそっとヒルドの胸に触れて、「あぁ、こりゃ駄目ですね」と言い放つ。


「えっ……僕、死んじゃうの?」

「そんなことさせません。けど、放っておいたらそうなってしまうかもしれませんよ?」

「助けて……可愛い人」

「勿論です。でも、ちょっと時間が掛かりますね。このままここでやらせてもらっていいですか?」


 リトが振り返ると、アイルは「あぁ」と快くオーケーサインを手で示した。


「私の家はここじゃないし、勝手に使ってもらって構わないけど。二人きりで泊るの?」

「はい。朝までには治して見せます!」


 気合を込めて、リトはガッツポーズをして見せる。


 この状況で不謹慎だと分かってはいるが、ハイレグのリトと一夜を過ごすなんて、何て羨ましいんだろうと思ってしまう。

 もやもやと嫉妬が込み上げてくるが、ヒルドが力なく「お願いします」と謙虚に呟いているのを見たら、感情をあらわにするわけにもいかなかった。


「早く良くなるといいな」


 これは俺の本性だ。俺もここに残りたいとか言わないんだから――。

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