羊が一匹 ~新しい生活~

たえこ

第1話

 羊です。

 いつも午後から来るはずの飼育係の山田さんが、今日は朝から小屋にいます。

「モー太郎さん、どう思います? オオカミの人生相談って?」

 山田さんは、牛のモー太郎に話しかけています。

 私たち他の動物は、少し離れたところから山田さんとモー太郎さんの話を聞いています。

「オオカミに人生相談は、無理だろ。生物が……いや、生活習慣が違うんだからさ」

 モー太郎さんの意見に、私たちは小さく頷きました。

「オオカミに、人間の何が、わかるんだっつーの。上から目線で、ガオガオ言われたくねーわ」

 山田さんの言葉に、モー太郎さんが笑いました。私たちも笑いました。

「で、どこでやるの? オオカミの人生相談?」

 山田さんは、おいしくないものを食べたときの顔をしました。

「おれの動画チャンネル」

「え?」

 モー太郎と私たちの声が重なりました。

「山田の?」

「はい」

「前に、俺たちが出た、あの動画に?」

「そうです。ソッコーで、断りましたけど」

 山田さんは、モー太郎の近くに背もたれの付いた椅子を運びました。

「入れたくないんですよ、あいつを。おれのテリトリーに」

 山田さんは、椅子に座りました。

「ああ、なるほど。だから、リモート飲み会の動画、あの方の登場時間が極端に短かったんだ」

 モー太郎さんが、やや高い声でモーと鳴きました。

「本音は削除したかったんですよ。あいつの出てきたところだけは。でも、社長が、ちえちゃんをクビにしないって言ったところは、どうしても残したくて。……あのときのあいつの顔、すっげー良かったから、そこだけは入れました」

「あの、ふてくされた顔ね」

 山田さんとモー太郎さんが笑ったとき、小屋のドアが開きました。

「山田さん、オーバーイーターの人が来ましたよ!」

 この牧場でアルバイトをしている、ちえちゃんさんの明るい声が小屋に響きました。

「あ、ありがと!今行く~」

 ドアが閉まったのを確認すると、モー太郎さんが山田さんに言いました。

「山田。オーバーイーターって、なんだ?」

「簡単に言うと、料理の配達っすよ。おれが食べたい料理のお店に、オーバーイーターの人が、おれの代わりにお店に行って、料理を受け取ってくれて、おれのところに届けてくれるっていう、新しいサービスです」

 私たちは鳴くことを忘れ、山田さんの話を聞きました。

「新しいサービスかあ。人間の世界は、どんどん、新しくなってるなあ」

「そうですよ、モー太郎さん。こんな時代に、人生相談は古いっすよね」

 山田さんは、笑いながら小屋を出ました。

「まあ、相談に答えるのが、オオカミっていうのは、新しいかもな」

 モー太郎さんがつぶやきました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る