第30話 オワリトウイツ

 統一歴 二千二百九年 文月七日 転移百九日目 尾張 岩倉城



 末森城主織田勘十郎信勝が供回りの者を連れて、前日岩倉城主織田三郎信安に目通りを申し込んでいた時刻の前に到着する。


 供回りには新たに登用した者達も何人かいるようで、中には立派な太刀を持つ赤毛の女や、この一帯では珍しい迫力のある男が布に包まれた棒を背中に差して油断なく周囲を伺っている。


 勘十郎の近侍である津々木蔵人が彼女の来訪を城兵に告げるとしばらくして信安の次女織田信家が迎えに出て来る。


 接待役に次女が出て来るのは伊勢守家内部も後継者問題で揺れている表れだろう。


 長女信賢を廃して次女信家に後を継がせたい信安は、信秀時代にこそ弾正忠家と懇意であったが最近ではめっきり関係も冷え込み、信長と信勝の従妹である犬山城主織田信清と所領争いで揉め事も起こしている。

 その一方で勘十郎信勝に信長を謀殺するよう唆し頻繁に書状を送り付けていた。


 今日はそのことで内密な話があると勘十郎から切り出し、末森から岩倉までやってきている。


 信家は勘十郎を丁重に持て成し、勘十郎と彼女に従うお供として立派な太刀を持つ赤毛の女と立派な体躯の男を客間に案内する。


 そして城主信安が客間に現れるまでにこやかに談笑し、彼女らをもてなしていた。


 しばらくして、時間の都合がついたのか岩倉城主織田信安が不機嫌そうに長女信賢を伴い部屋に入った後双方礼を持って挨拶を交わす。


 この時点で信安は勘十郎を懐柔できたと認識し先ほどまでの不機嫌さはどこへやら相貌を綻ばせていた。


 時世の挨拶からたわいない話する勘十郎の話を遮り信安が

「勘十郎殿、例の話はいかがなさるおつもりで?」

 と本題に切り込む。


「はて本題とは?」

 と勘十郎が身に覚えがないとばかりに問い返す。


 信安は苛立たし気に

「貴殿の姉信長を謀殺し、貴殿が弾正忠家の家督を相続するという話でござる」

 と以前送った書状の内容を口にする。


 勘十郎はそこで驚いた様子で

「あぁ、そのことでござったか。いやはやあまりにも現実が見えておらぬ提案で冗談かと思っておりましたぞ」

 嘲笑うようにそう口にする。


「きさま!「待てっ!!」」

 激高しかける信家を制し、憤りを押さえつけ信安が

「現実が見えておらぬとは、いかなる意味か? 返答によっては勘十郎殿とはいえただでは置かぬぞ?」

 と凄んで見せる。


 だが穂村に凄まれ圧力をかけられ、眼力で殺されるかもしれないという恐怖を既に味わっていた勘十郎は涼しげに微笑み

「我が姉である信長を謀殺するなど不可能であり、もしそのようなことに我が加担したと露見すれば我が義兄により末森は更地にされ、唆したのが伊勢守家と知られれば尾張上四郡は一人残らず根切にされましょう。それでも姉を謀殺すると申されるので? 某はごめん被る。今日は正式にお断りを申し入れに参ったのと、我が姉からの書状を託された故に参った次第。これを納められよ」

 そう言って勘十郎は懐から信長がしたためた書状を床に置き信安に差し出す。


 その言葉を聞くと信安が慌てて書状を開き内容を検める。


 彼女らの意識の外では体格の良い男――優一である――が背中に背負った棒状のものを床に置き布からそれをむき出しにする。

 布に包まれていたのは穂村から借りたドライバーだった。


 書状を読んでいた信安は徐々に表情を怒りに歪めると

「当主一族全ての首と引き換えに岩倉城の根切は許すなど! そのような戯けた話に応じられるものか!」

 勘十郎に向かって激昂する。


「ですが敗軍の将ならばその責を自らの首で持って償うのは世の習い。それを一族の首だけで他の者は根切にせぬというのですから、我が義兄の寛大なお心が伺えようというものではありませんか?」

 にこやかに微笑みながら勘十郎が挑発する。


「誰が敗軍の将だ!? 我はまだ戦もしておらぬ! 戦っても信長などには負けぬ!」

 信安はそういきり立つが勘十郎は憐れむように

「我々を無警戒で城中に招き入れた時点で伊勢守家はもう終わっているのですよ……」

 と告げる。


 その様子は生来の美貌と相まって死を告げる天使のようであった。


 その様に一瞬呆気にとられたものの気を取り直した信安は

「何をふざけたことを! お主等の首を旗印にして清州を攻め落としてくれる!」

 そう断言したところで、城中に敵襲を告げる鐘の音が響く。


 それを耳にした信安は

「なにごとか!?」

 と喚く、折よく家臣が駆け付け

「犬山、守山、清洲方面より敵の大軍が迫っております!」

 と報告する。

 それを聞いた信安は表情を改めると

「ではお主等には人質となってもらう、ものども取り押さえよ!」

 と信家と傍に控える家臣に命じる。


 しかしそれを聞いた優一がヒヒイロカネのドライバーを一閃すると取り押さえようとした者達が肉塊となって吹き飛ぶ。


 その隙に赤毛の女――愛子である――が一緒に岩倉城に来た供回りの者達を救いに飛び出す。


 信勝は冷然とした口調で、

「言ったでしょう? 無警戒で城に入れた時点であなたたちは敗北している……と」

 再度告げる。


 信勝は優一と顔を見合わせ頷き合うと、生き残った信安と信賢に向かい

「さて、腹を召されますか? それとも城中残らず根切にされますか?」

 ともう一度確認する。


「まぁ、抵抗するという選択肢もあるのだが、それは根切にされる時間が少しかかるというだけで余計苦しむ結果になるので吾輩はお勧めせんよ」

 優一が抵抗は無駄だと断言する。


 先ほど一振りで腕に覚えのある家臣と共に肉塊にされた愛娘の最後を見れば彼の言うことが事実であるのは疑いようもない。


 信安が迷っていると城内に伊勢守家の物ではない荒武者が”呼び出され”城内の混乱に拍車がかかる。


 敵対勢力の荒武者だろう、さっきの赤毛の女のものか?


 万夫不当とも思える武者に当主である自分と未だ嫡女である信賢の首根っこを押さえられ、城中に敵の荒武者があり、城は四方から囲まれている。


 信安はこの状況を覆す策など自らの手の内にはなく、自らの策を逆に利用されたのだと悟ると息を整え身を正し、隣に控える信賢に向き一言

「すまぬな……」

 とささやくと、

「介錯をお願いいたす」

 と願い出たのだった。



 統一歴 二千二百九年 文月七日 転移百九日目 尾張 清州城



 その後伊勢守家の親娘が腹を召したことを優一から聞いた愛子は自らの荒武者である金雀枝で城兵を威嚇しながら伊勢守家が滅亡したことを告げ、城中の者に降るなら許すが、挑んでくるなら一切根切にすると警告し戦意を喪失した岩倉城の者達は抵抗することなく降った。


 清州城の信長の私室で帰ってきた信勝と優一愛子を信長と穂村とクラーラが労う。


「しかし義兄上あにうえの神算には舌を巻くばかりでござるな」

 自らが伊勢守家から内応を誘われていたことを見抜かれ、

『心を入れ替え上総守信長とその一族に誠心誠意忠義を尽くすのであれば許す』

 と今回の策を授けられた時の恐怖を思い出し思わず身を震わせながら勘十郎が穂村を称賛する。


「勘十郎の他にも我が武威に顔を青くしたものが数名おってな、怪しい者は今裏を調べておる」

 後半は事実だが、前半は嘘である。


 穂村は元の世界で勘十郎信勝と伊勢守家が繋がっていたかもしれないという話を知っていたので、弾正忠家の引き締めの為特に勘十郎を威圧していたのだ。


『お前が何か企んでいるのは知っているぞ』

 という目で、

『だが何かを仕掛けて来るなら駆逐してやる』

 とでも言いたげな視線で、祝言の間も評定の間も睨み付けられた勘十郎が身の危険を感じ、評定の後自ら伊勢守家に内応を誘われていることを暴露し、信長に許しを乞うたのは当然の帰結であった。


「勘十郎、此度の褒美としてそなたに印の結び方を教伝いたす。今後も我らの為に励むがよい」

 信長は気前よく褒美を与える。


 秘名を得られればその習熟度により爆発的に強くなれる、その技術はよほど信頼している者にしか教えられない。

 この世界では信長と信勝の間にあった動乱は起きず、姉妹は仲良く手を取り合って覇業に邁進していけるのかもしれない。


 既に尾張に残った勢力は上総守信長とその一族に忠義を尽くすと約束し、伊勢守家が滅亡したことで、抵抗勢力は全て駆逐された。


 ここに信秀の悲願であった尾張統一はなり、織田弾正忠家は戦国大名として実効支配の根を張るのだった。


 だが織田家の躍進を快く思わぬ者達もこの世には存在する、駿河の今川義元は尾張統一の報に危機感を募らせるのであった。





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