第29話 ホロンダカバネ

 統一歴 二千二百九年 文月五日 転移百七日目 尾張 清州城



 この日の朝なかなか起き出してこない主人たちの様子を見に穂村達の寝所を訪れた侍女は、部屋の中にだらしなく蕩けた顔を晒したまま気絶する七人の花嫁と彼女たちを並べ直して布団をかける穂村を見て腰を抜かした。


 先ほど全員気を失ったばかりなので、昼まで寝かせてくれと侍女に伝えた穂村は気絶した花嫁達に囲まれて仮眠をとる。


 古今無双の武者は、天下無双の槍使いでもあったという噂が織田家中に広まり、畏敬と憧れを込めた視線で見られることが増えるのだがそれはまだ後のお話。


 昼過ぎにはなんとか回復した信長達と共に上段の間で評定を開く予定だ。

 その準備の為に侍女や小者達が部屋を片付け、花嫁達の世話をしに入室してくる。

 その中に今まで目にしたことがない金髪のロリ巨乳美少女がふと目についた。


 確か政秀は平安の世に源平藤橘以外の姓は滅ぼされて、残った四つの姓に都の四方の門を守らせたとか言ってたな……


 その様子に気付いた雷が

「婿殿、初夜を終えて早々他の女に目を向けるのはいささか感心できぬことであるな」

 と嫌味を言う。

「いや、金髪の子なんて珍しいなと思ってさ……」

 ばつが悪そうに穂村がそう返すと

「それなるは我が小者を務める藤吉郎というものである、滅んだかばねの末裔だから金髪なのであろう。どこの国にも白・黒・青・赤以外の髪色をした百姓町民は多い。金髪の百姓など珍しくもないぞ?」

 と信長は内心で驚く穂村の知らなかったことを教えてくれる。


『この子が後の太閤秀吉か……』

 そう思った穂村は反射的に、 

「ふ~ん、でも信長が身の回りに置くってことは見所のある人材ってことだろ?」

 と話題を髪の色から藤吉郎自身に向けた。


「さすが婿殿は分かってくれるのだな。こ奴は尻に敷いた我が履物が温いことに『主の履物を尻に敷くとは何事か!?』と叱責したらばすかさず『我が懐で温めておりました』と言い返しおってな、算術にも秀でて見所があるので何かと使っておる」

 呵々と笑いながら信長がそう言うと、

「姫様! あたしはきちんと懐であっためてたんだがや! 言いがかりは勘弁してほしいんだなも」

 と反論する。

「まぁそのような些事はどうでもよい、サルよ余の主人にご挨拶申し上げよ」

 信長がそう命じる。

「木下藤吉郎秀吉と申します。夏生様にはお目通り叶い恐悦至極にございます」

 愛嬌のある笑顔を引き締め平伏しそう挨拶する。


 それを受けて穂村は

「夏生穂村である。藤吉郎よ励むが良いぞ」

 と声をかけると、

「ははぁ~っ!!」

 とちょっと大げさにありがたそうな声音で返答する。


 その様を見た穂村は雷に向かって思いついたことを問う

「那古野城の評定の間と違って、清州城の上段の間は広かったはずだよな?」

 それに対して穂村の思い付きを感じ取ったのか信長は

「あぁ、広いな。今まで評定に出ていた者だけでは隙間だらけだ」

 と返す。

「なら陪臣や身分が低い者でも見所のある者は評定に参加させた方が良いんじゃないのか? どうせ大まかな方針や、外に漏れても構わない話しかしないだろ?」

 信長は家中で燻っている有能な人材を子飼いにしているが、そういう連中は身分が低くて評定には出られない、なのでまずはその垣根をぶっ壊す。


 内密に進めたい話があれば個別に相手を呼び出せばいいだけで、評定では政策の方針を話す程度なら、宣伝効果が大きくなる大人数でやった方が良い。


 穂村の言葉を受けた信長は会心の笑みを浮かべ

「分かり申した、何事も主の御心のままに」

 そう返事をすると。

「サル! 余の配下で今まで評定に出られなかった者の内主だった者達に評定に出るよう伝えろ! 貴様も評定に出るのを忘れるな」

 と命じる。


 金髪ロリ巨乳の藤吉郎ちゃんは

「承知しました」

 と恭しく返事をすると部屋を出ていく。


 それを見送った雷は

「穂村よ、助かったぞ。配下を評定に出すにはまだ余の力は足りぬのでな。お主に怯えている煩型の家臣の口を閉ざすにはいい口実が出来た」

 と微笑みながら感謝をするのだった。


 そしてしばらくして上段の間に家臣たちが揃うと、穂村と花嫁達が入室し一段高い所に穂村と信長とクラーラを中心として並び家臣たちと向かい合う。


 評定で信長は尾張下四郡を領したこと、これからも武蔵総合学園と共に戦っていくこと、今川が三河を超えて本格侵攻してくる前に尾張を統一する必要がある事、そして清州を中心にまずは武蔵総合学園との間に街道を整備し、流通を活発化させ経済を強化する政策をとることを明言した。

 尾張統一が成れば清州から井ノ口までも街道を繋げるつもりであることも付け加える。

 この政策には道三も承知している。


 その計画の第一歩として学園付近に城下町と港を作る予定も発表した。

 これはクラーラ達から近辺に土地はあるものの、出兵が重なると農作業に従事する者が少なくなるので、経済を活性化させるために土地を持たない農民や、学園近郊に移り住む職人や商人などの町人を移住者として募集できないか? と信長に相談したことから膨らんで決まった話である。


 学園が転移した土地は海に面して川もあり、土地も肥えていて農地や街を作るのに向いていたのだが本願寺と大和守家と弾正忠家の勢力がぶつかる場所だったため、開発できず放置し続けるしかなかった。


 だがそこに学園という絶対強者を抱える勢力が転移し、清州の大和守家を滅ぼした。

 それに長島は学園に怯えて単独では手出しできない。


 遠慮することなく学園と弾正忠家で開発できる状態になったのだ。


 穂村はすぐ横で今後の方針を謳う信長の声を聴きながら親族衆として上段に近い位置に座る勘十郎信勝を見つめ続ける。


 始めは偶然だろうと気にしないようにしていた信勝ではあるが、穂村が全く視線をそらさずに見つめ続けていることに狼狽し、信長が布告すべきことを全て言い終えた後、家臣に意見があれば発言するよう命じると、意を決した様子で

「姉上様……その……評定の後で申し上げたきことが……出来るだけ少数でお話しできませぬでしょうか?」

 と申し出てきた。


 それを聞いた信長は

「よかろう準備が出来次第余の部屋に来るよう使いをやる。主と余と奥の者とそのほうだけで話すとしよう。よいな?」

 と告げる。


 信勝は頭を下げると

「分かり申した」

 と返事をし、それ以後評定の間中一切口を開くことはなかった。


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