第27話 ケッチャク
統一歴 二千二百九年 水無月三十日 転移百二日目 尾張 那古野城付近
尾張大和守家で小守護代と呼ばれる坂井大膳は眼前に広がる状況が想定されていた事態と違うことに戸惑い焦っていた。
「えぇいっ! 那古野に兵はおらぬのではなかったのか? それになぜ信光が敵に加勢しておる!? こちらに加わるのではなかったのか!」
信長は一益を通して穂村の計画を聞いた後、信光に援軍を頼む際
『信長の風下には立てぬ故那古野を攻める際には大和守家の一翼として働きたく』
という旨の書状を出させていた。
勿論相手を油断させる為である。
三郎信長は祝言の話が出て以降奇行が鳴りをひそめたが、それでも弾正忠家中にはうつけの風下になど立てぬ者もいるのだろうと、在りし日の信友と大膳は笑いながら信光を受け入れ一翼の将としたのであるが、那古野城に近寄るほど鉄砲での銃撃が激しくなり、中翼の兵は損耗を出しながら城壁までたどり着くも今度は左翼を任せていた信光が反旗を翻し本体を襲い始めた。
中翼六百、右翼の坂井甚助には兵四百を預け、左翼の信光は兵五百を引き連れて参陣したものの被害は中翼先鋒に集中していたため信光の兵に被害が出ていないことに対して疑問は持たなかった。
何故なら坂井甚介率いる右翼にも被害がなかったからだ。
だがその認識は誤りでしかなく、信光は大膳たちが整然と逃げきれないところまで誘い込んでから裏切った。
坂井大膳はそのことに怒りを覚えるも、右翼の坂井甚介に伝令を出し外勁使いを中心に那古野城の城兵の相手するよう命じ、自ら率いる中翼は左翼から攻め押してくる信光と相対するつもりである。
信光の裏切りに怒りは覚えたものの、冷静に対処すれば敵兵は五百で、こちらは被害が出たとはいえまだ兵数は五百を超える。
ならば押し負けることはない。
大膳はじっくりと信光隊を攻略し、那古野攻めを諦めて清州に戻る計画を頭の中で構築する。
だがその頃清州城は既に落ち、主君も首実検されていたとは夢にも思っていなかった。
信光の軍と大膳の軍が干戈を交え始めてしばらく経つとその異変に大膳が気付く。
裏切った当初は激しく攻め立ててきた信光の軍の勢いが衰え、押せば引き、引いてもなかなか押してこない。
結果両軍の間に距離が出来、突出したものが弓で射られるという状況になっていた。
大膳は信光の軍が疲弊し押し込む力がなくなったと思い力押しを始めるが、信光はこれに対し大膳の軍の兵が息切れするまで退き続ける。
それこそ那古野城を守るつもりがないほどに。
那古野城内には信長が鳴海城攻めに率いた八百の兵の残り、七百が詰めており初陣であるものの前田利家などの精鋭もいて士気が高い。
籠城戦だが敵軍とさほど兵数に差がなく、物資も食料も水も潤沢にあり、更に言えば援軍として守山城から信光が来てくれている。
始めは敵と共に進軍してきたことに不安を覚える者もいたが、蓋を開ければ心強い援軍となっていた。
「しばらくの間城を守ればいい」
そして大軍で攻め寄せられてもいない現状でそれは容易に成し得ると将兵は思い、それ故士気も高い。
少なくともこの時点で大膳が生き残りたければ撤退すべきであった。
だが彼は引き続ける信光軍を追いかけ続けると、兵の勢いがなくなりとどまって息を整える間に隊列を整えなおした信光軍から矢や鉄砲で兵を削られ続けたのである。
東に那古野城、それを攻める坂井甚介の軍、その西方に大膳の本軍、そこに少し距離を開けて北に信光の軍が位置する中、西方に浮き車の土煙が上がる。
物見から大膳に
「清洲方面より『満月に餅を搗く兎』をあしらった月読の紋と弾正忠家の同盟勢力の旗あり。数は七百が浮き車に乗ってこちらに向かっています!」
と報告が入る。
そのを聞いた坂井大膳は顔を青くしながら、
「清州城が落ちたというのか……」
呆然とそうこぼす。
自分達は弾正忠家の罠にかかり城を落とされたと悟ったのだ。
悄然とする大膳に大和守家の高位の家臣と思しきものが声をかける。
「まだ我が軍は健在でござる、今ならば逃げ延びることもできもうそう。撤退して今川家を頼り捲土重来を期すべきかと」
そう提案する。
「そうだな、まずは鳴海城の山口殿を頼んで落ち延びるとしよう」
大膳がそう宣言すると、慌ただしく撤退し始める。
那古野城を攻めていた坂井甚介の元にも南へ撤退の指示が伝わる。
武器を捨て兵糧を捨て浮き車に飛び乗れた僅かな者達だけが南方へと逃走を開始する。
その様をみた信光と那古野城の留守を預かっていた林秀貞――源平藤橘以外の姓で生き残った数少ない越智宿禰の末裔――が追撃の指示を出す。
だが大膳の逃走から取り残された多数の兵を打ち取るのではなく捕縛するよう信長から命じられている。
大和守家を滅ぼした後に残る伊勢守家を攻めるには兵がいる。
だが兵は畑で促成栽培できるものではない。
故に敵兵であった者でも軍門に下り命令に従うのであれば召し抱える。
早急に尾張を統一するために必要な兵は貴重なのだ。信光と那古野城兵の呼びかけにより置き去りにされた将兵が次々投降する。
それらを捕縛しながら信光の軍は大膳の追跡を始める、西からの援軍は既に大膳を追いかけ南へ向かっている。
だがその先に未来はない。
それを知っているのは西から来た援軍の内極僅かな者達だけであった。
統一歴 二千二百九年 水無月三十日 転移百二日目 尾張 那古野南方
大膳と逃げ切れた僅かな兵は那古野から南に少し離れた場所でそれを目にする。
彼女らが向かう先には従者と思しき公家を従え、紅く輝く太刀を手に周囲の空間を歪ませるほどの闘気を漲らせた男が立ち塞がっていた。
その男は年齢不詳の青い髪の女に何やら命じると
「清洲大和守家の残党に告げる。命が惜しくば武器を捨て浮き車を降りて、両手を頭の後ろで組み地に這うがいい! そうせぬ者は戦意ありとみなし皆殺しにいたす!!」
と拡声の術式で辺り一帯に武者の声が響き渡る。
相手は内勁使いが一人と外勁使いが一人、ならば大分減ったとはいえこちらは軍なのだ、負けるわけがない。
そう思い浮き車の荷台に立ち上がった坂井大膳は武者を指さし口を開こうとした瞬間頭が爆散し、轟音が轟く中首なしの死体として荷台に転がる。
それを眺めていた武者は紅く輝く太刀を振り下ろす。
すると左右の草陰から武装した三百人ほどの乙女侍と思しき兵が現れる。
逃げ延びた兵は二百に届くかどうかだ、しかも総大将である坂井大膳はつい先ほど殺された。
前に立ちふさがる武者が
「降伏か? 全滅か? 今すぐ決めよ!」
再度拡声の術式を使って恫喝する。
決断しかねていた大和守家高位の家臣達が次々に頭を吹き飛ばされ、その度に轟音が響く。
とても勝ち目がないと恐れをなし兵達は武者の言う通り、手元に残していた武器を捨て、浮き車から飛び降り、両手を頭の後ろで組んで地に這うのだった。
近寄ってきた乙女侍達に捕縛され、浮き車にすし詰めにされて那古野城に連行される。
大和守家の高位の家臣は頭を爆散させられほぼいない。
残った兵たちは那古野城に信長が戻り次第扱いが決まる。
こうして尾張内部における弾正忠家の同盟勢力としての初陣は、武蔵総合学園の被害がほぼないまま完全勝利という形で決着がついたのだった。
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