第25話 カクゴ

 統一歴 二千二百九年 水無月二十四日 転移九十六日目 尾張 武蔵総合学園 生徒会室



 一益を従えて生徒会室に入った穂村は到着して間もない四条家と近衛家の者以外の主だったメンバーを集める。


 一益と段取りを打ち合わせていた友貞は一益配下の密偵を伴って慌てて帰って行った。


 しばらくして四条家と近衛家の者達を案内していたクラーラと愛子が戻ってきた。

 部屋で作業をしていた菖蒲とちはやと聖子が書類を片付け議事進行の準備を始める。


 その後間もなく誠と信広が連れ立って入り、卜伝、優一、言継、政秀の順で部屋に到着すると最後に学園長がやってきて会議が始まる。


 一益が事情の説明を始める。

 彼女の配下には密偵、いわゆる忍者が多く所属しており信長の命を受けて三河から遠江を活動範囲として情報収集していた。

 駿河に手を伸ばさなかったのは人員の不足と、駿河の防諜組織の存在により情報の質が良くなく連絡も取り辛いため活動範囲を制限して精度を上げる方向に切り替えたらしい。


 今後の事を考えると忍者をもっと召し抱えた方が取れる手段の幅が広がるなと穂村は思う。

 現状で思いつくのは伊賀者だが召し抱えるにはまだ足元が危うい。

 まずは尾張統一が目標だが、信秀死去で弾正忠家も家中が揺らいでいる。


 そんなことを考えながら一益の報告を聞く。

「我が配下の者によれば今川の将、葛山長嘉、三浦義就、浅井政敏等が軍と共に遠江に達し、その後遠江にて岡部元信と合流。更には岡崎にて飯尾乗連が軍を発し尾張を目指して行軍開始。これを鳴海城主山口教継に伝達するも明確な返答なく那古野より物見を送ったところ戦支度の気配有り、上総守様が使者を送られましたが未だ帰らず、これにより鳴海城は敵に寝返ったものと判断し周辺の大高城、沓掛城に警戒の指示を送られるも両城とも戦支度を始めておりこれらも寝返ったものと思われます……」


 それを聞いた転移者たちの内何人かは

『これが赤塚の戦いになるのかもしれない』

 と思ったが口に出す者はいなかった。


「これは下手な対応すると弾正忠家から離反して今川に乗り換える者が次々出かねないぞ」

 と穂村が口にする。


「援軍は出すんだよね?」

 クラーラが穂村に確認する。


「出すには出すけど山口教継と教吉には犠牲になってもらう」

 穂村が何やら考え込みながら口にする。


「どういうこと?」

 愛子が素直に疑問を口にすると、


「山口親子はそんなに信頼されてないだろうから友貞殿に手伝ってもらって計略に嵌める。上手く行けば今川に寝返っても良いことはないって具体例に出来る。それで弾正忠家の家中は引き締まるだろ」

 腕を組んで考えを巡らせながらそう返す。


 室内にしばし沈黙が降りる。


 ふいに穂村が

「一益殿、山口親子連名の信書を偽造できますか?」

 と一益に尋ねる。


「我が配下にはそのような技能を持った者がおりますのでできますが、いかがなさるので?」

 一益がそう答えると

「では山口親子から信長にあてた形式で『上総守様のご指示通りに致しました所ことはうまく運んでおりまする。大物も数多く釣れそうなので事が成った暁には褒美のほどを御一考くだされば幸いに思います』というような感じの信書を偽造して、友貞配下の見回りに使者ごと囚われてください。その後友貞からのご注進という形で今川方の武将にその手紙が届くよう伝えてください。それで上手く行けば山口親子は取り除けます。そうですね、後は信長に『兵は出しても決戦は避けるように』とも伝えてください」

 穂村がそう命じる。


 その場にいる者の内、学園長、クラーラ、誠、優一、菖蒲、ちはやが戦慄と衝撃を受けて穂村を見つめる。


「ああそれと出来るだけ早い内に鳴海城と大高城を岡崎から守るように見える位置に砦をいくつか建てて孤立させるようにとも伝えてください」

 穂村がそう補足する。


 その言葉により衝撃を受けた者達は、穂村は桶狭間で義元を討つために布石を打ち始めたのだと確信した。


 彼はそう遠くない内に甲相駿三国同盟が成立し、今川の全面攻勢が始まると予期している。


 この世界では同じことが同じタイミングで起きるとは限らない、それは美濃と同盟を組んだ経緯で学んだことだ。


 だがこの世界の今川は元の世界での今川より早いタイミングで積極的に尾張に手を伸ばしている。


 もしかしたら既に三国同盟は成立しているのかもしれない。


 それを踏まえて穂村は今川義元の全面攻勢もあり得ると判断した。


 その為に弾正忠家の引き締めと尾張統一、友貞を使った今川の内情把握は必須事項だと思い手を打ち出した。


 更に穂村は

「信長が鳴海城周辺に出ている間那古野城に兵がほぼいないという言う欺瞞情報を清州の大和守家に掴ませることはできますか?」

 と一益に尋ねる。


「それならば容易いことでござるが、それでは那古野が落ちかねませぬ」

 と反論するも、


 穂村は意に介さず

「信長に清州から兵が出た場合守山城の信光殿に援軍の要請をしてもらえませんか?」

 と要請する。


 それに加えて

「こちらは鳴海城攻めの援軍こそ控え目にしか出しませんが、清州城から那古野城へ兵が出たら北上して清州城を落とし、そのまま守山と那古野の兵に食い止められている信友の後背から一気に襲い掛かるつもりです。それを信長にのみ伝えてください、どこかで漏れたらこちらが一気に不利になりますのでくれぐれも気を付けて行ってください」

 今川の攻め手を利用して一気に尾張の切り取りを始めるつもりだという。


 穂村の計画を聞かされしばし呆然とした一益は表情を改めると

「我が主たる姫様との祝言は未だ挙げておられませぬが、穂村様の器量に感服仕りました。これよりは主として我ら一族郎党全力をもってお仕えいたします」

 と平伏しながら穂村に忠誠を誓う。


 友貞にせよ一益にせよ、勝ち目があり生き残れると思ったからこそ忠誠を誓ったのであろうが、それは絶対的なものではないだろうし、いつか途切れる縁なのだろうと穂村は思っている。

 だが味方として計算できる内は使える範囲で使い続ける、生き残るには過酷な戦国の世ではあっても勝ち目のない賭けに乗るものは少ないだろう。


 ならば自らは強者としてあり続けなければ自分だけではなく学園の生徒を巻き込んで滅ぼされかねない。


 他人に害をなすことは本来良いことではない、だが自分と自分の大切な人達を守る為利用できる立場や力や人材は利用せねば、敵対するものに殺されるなり排除されるだけ。


 自らが死ぬだけで済むならばまだいい方で、下手を打てば皆殺しにされる結果もあり得るのだ。


 穂村はそう考えると、この世界で生き残る事の重みを改めて感じ、覚悟を決め直すのであった。

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