異世界美将女群雄伝

不知火読人

第1話 ハジマリ

 20XX年 6月2日 雨天 武蔵総合学園 メディア室



 室内では三人の男子生徒と一人の女生徒がギャルゲーで遊んでいた。


「いよぉっし!忠勝ゲットォ~!!」

 短髪を逆立て意志の強そうな眼をした少年が叫ぶ。


「さすがほむほむ汚い! えげつない! でもロリ無双ちゃん羨まシス」

 紅い髪にジト目の美少女が短髪を逆立てた少年を罵倒しつつも、画面上で仕官の御挨拶をする130㎝くらいのロリキャラに萌えながらもだるそうにそう呟く。


「離間の計を連発して忠誠を下げて、すかさず君主自ら勧誘とは……穂村は抜け目がないな」

 ガタイの良いスポーツ刈りの少年がゲームのシステムを最大限に使い切った穂村の手腕を嘆じるように語る。


「はっはっは、このようなコンボは常識だよ優一君」

 優一という名のガタイの良い少年に向かって穂村がにやける。


「織田にはむしろ軍師が必要なんじゃないのか?」

 オールバックにシルバーフレームの眼鏡をかけた理知的な少年が織田家の家臣団の傾向を確認しながら疑問を投げかける。


「誠の言う通りなんだけどね……半兵衛ちゃんが美濃にいるんだけど、頭良過ぎて計略に引っかからないから忠誠心を下げるの難しいんよ……」

 穂村少年がトホホとばかりに涙目になってそう返す。


「竹中半兵衛にせよ黒田官兵衛にせよ織田の家臣っていうイメージより、羽柴の重臣ってイメージが強いしな」

 優一ががもう少し状況が変わらなければゲーム内にいるのかどうかすらわからない有名な軍師の名を挙げる。


「徳川に正信は戻ってる?」

 誠が江戸幕府開府初期に親子二代で貢献した謀臣の行方をそう尋ねる。


「いや、まだ戻ってない。大和にいる松永の家臣になってるかも? 下手したら一向宗の協力者として流浪の身になってる可能性もある」

 穂村がそうごちる。


「諸国流浪してても薩摩までは来てくれそうもなさそげで悲シス」

 赤毛の美少女が半笑いで嘆く。


「片足が不自由な正信が薩摩まで行くのは大変だし、薩摩の気風に耐えられるとは思えないから無駄な希望は捨てた方が良いぞ愛子」

 穂村が茶々を入れる。


 それに対し愛子が頬を膨らませむーっと不機嫌気な表情を一瞬見せるも人差し指を穂村の額に押し当て、

「こやつめ!ハハハ」

 と三国志ネタでマウントを摂ろうとする。

 それに対して「おもちゃのチャチャチャ」のリズムで穂村が同じ言葉を返すと。

 更にノリの良い優一が締めの部分を歌う。


 傍から見たらこの四人が入学間もなく生徒会庶務にスカウトされ、現時点で各学科の成績上位をぶっちぎっている俊英だとは誰も思わないだろう。

 贔屓目に見ても悪乗りし易い歴史オタにしか見えない。

 実際次期生徒会役員の有力候補として知り合ったこの中の何人かは出会ったその場で意気投合し、マルチメディア研究会なる趣味の文系同好会を設立し生徒会から予算を分捕ってきたのだ。

 中学時代の優一は全国トップレベルの水泳選手であったし、誠は新陰流を修行し始め、目録位を持つほどの腕前ではある。

 しかし四人はそれらを捨てて遊びながらも成績を維持するために手を組むことにした。

 武蔵総合学園の生徒会役人は激務である。

 だが、それをきちんと一年勤めれば高い評価を得られる。

 その為と楽しい学園生活を送ることも目的に四人は協力し合うことにしたのだ。

 同様の事は今年度の生徒会役員もやっていたらしい、現生徒会長と穂村は親しいので話を聞いて参考にしたことも沢山ある。


 だが彼らの内何人かは今では想像もつかないが、凄絶な幼少時代を過ごしていて、現在ここで笑いあっていることは奇跡のように幸せなことだと思っている者もいる。


「中国地方に来たら吾輩がゲットしてあげよう」

 優一が冷やかすように言う。


「まぁ中国地方や薩摩に行くよりは関東の方がまだ可能性ありそうだが、もっと可能性ありそうなのは尾張、美濃、近江、伊勢、大和辺りじゃないかな? 長島が一向宗ならそこには痕跡があっただろうし」

 誠が願望を交えず冷静に断じる。


「本多正信は陰険キャラだけど、竹中半兵衛ちゃんは一途な淫乱キャラなので半兵衛ちゃんが欲しいんだよね」

 穂村が執念を目に込めてそう呟く。

 きっと某芸能プロ社長なら「Youその女に飢えた童貞の目はいいね」とでも言いそうなほどに目つきが鋭くなっている。


 しかしこの目をするときの穂村は恐ろしい。ある意味決意を決めた時にする目であり、この目に将来を期待した者がいる。

 穂村の亡母のおじであり穂村からすれば大叔父に当たる学園長と、現生徒会長が血縁とはいえ穂村に何かを見出して中学から彼の教育に力を入れていた。


「マルチプレイモードではお色気シーンをカットしてるはずだけど、好感度はあるんだっけ?」

 誠が問う。


「デヘヘヘ、実はこれXレイテッド18禁版だから、マルチモードでもエロシーンありなのさ」

 赤毛の小悪魔愛子がニマニマと笑いながら、

「さぁ童貞ども!美少女様の前でエロシーンを見て気まずげにモジモジするが良い!!」

 不敵にそう宣言し、

「あ、でもナニするのは自室に戻ってからにしてね」

 とニマニマ笑いながら付け加える。


 それを聞いた男子勢は

「「「リセットだな」」」

 三人声を合わせて宣言する。


「なにゆえぇー!?」

 愛子がこの世の終わりとばかりに嘆く。


「良いかバカ子? 「バカ子言うなし」俺たちは授業を抜け出して遊んでる、それぞれの学科が急遽自習になったからだがこの行為自体まずいってのはお馬鹿なお前でもわかるだろ?」

 穂村がクドクドと説明する途中で愛子が茶々を入れながらもお説教は続く。


「そこまではお説教で済むレベルだ。実際授業をさぼっても試験や実技に問題がなければそれほど問題視はされない『どのような過程でも結果を出せばいい』のが我が校の教育理念でもあるからだ」


 そこまで言うとゲームの画面を指し、

「授業をさぼって遊んでいた、そこまではいいだろう。だが授業をさぼってエロゲーをやっていましたは流石に寛容な教師陣も……あ、大丈夫か?」

 そこまで言って少年はあることに気が付く。


「この『美将女戦国大戦』はエロゲーだけどバカ子にも分かり易い日本史の教材として機能してるし、実際これ始めてから日本史の成績あがってたよな?」

 穂村が愛子に問いかける。


「あちしは帰国子女なので日本史さっぱりやったけど、このゲームのおかげで戦国時代の事は興味深く思えるようになったよ、豊久タンハァハァ」

 恍惚とした表情アヘ顔でお気に入りの武将愛を語る赤毛の美少女。


「お前の島津好き好きフリークは分かったからその顔をやめろ。まぁエロシーンになるとアヘ声がそこらに響くから授業の妨害になりそうでまずいが、全年齢版なら最悪でも怒られる程度か?」

 穂村が残り二人の少年に問う。


「まずいと言えば自習をさぼってる時点でまずいんだが、他の生徒の授業を妨害してないならその程度で済むんじゃないか」

 オールバックの少年がそう意見を述べる。


「バカ子の被服科で日本史を教えてるのは戦国時代しか教えない仙谷下克上先生と、幕末マニアの惟信新子これのぶあらこ先生と、大仏八双おさらぎはっそう先生だよな?」

 ガタイの良い少年優一がそう問い返すと。


「趣味で授業してるような人ばっかだな……」

 穂村が悄然と呟くも誰も反論しない。


「よくぞこんな変人教師ばかり集めたものだよな」

 優一が苦笑いを浮かべそう呟くと。


「変なのは先生だけじゃないけどね♥」

 茶目っ気たっぷりに愛子が付け加える。


「では、DVD抜いて全年齢版をやろう」

 穂村がそういいながら立ち上がりパソコンに触れると、そこに幾何学模様の魔法陣のようなものが浮き上がり爆発するような勢いで瞬間的に広がっていく。

「なっ!?」

 虚を突かれた少年が叫ぶも周囲に広がる圧倒的な光で何も見えなくなる。


「なに? なに? 何が起きたの?」

「なんだこの光は!?」

「まぶしい!」


 他の三人も光に包まれ混乱しているようだ。

 やがてもっと離れた所からざわめきが聞こえてくる。

 目を閉じて光に手をかざしまぶしさに抵抗していると近くで誰かが倒れたのか物音がした。

 それが後二回続くと今度は穂村の体から力が抜けてゆき、意識が徐々に薄れ倒れる。


 同じことは教職員を含めた全校生徒の身に起きたことなのだが、意識を保っていたものは誰もいないので、それを知るものはその学園には存在しなかった。



 XXXX年 X月X日 晴天 武蔵総合学園 メディア室?



 春先の長閑な暖かい日差しが差し込めることにまぶしさを感じ、穂村が起き上がる。

 数瞬呆けていたもののすぐに我に返ると、


「誠! 愛子! 優一! 無事か? 起きろ!!」

 と他の三人に声をかける。


「なんだぁ? 穂村」

 オールバックの少年、誠が億劫そうに身をもたげる。


「ホムホム、うるさいよぉ」

 赤毛の少女、愛子が二度寝しようと寝返りを打つ。


「バカ子起きろ! 寝てんじゃねぇよ!」

 強い口調で穂村が咎める。


「バカ子いうな」

 そう反論しながら少女が起きる。


「優一! 起きろ!!」

 一番近くにいたガタイのいい少年、優一を穂村が揺さぶると頭を振りながら優一が起き上がる。


 その中で早々に目覚めた誠が乱れた髪を直しメガネの位置を直しつつ、

「なぁさっきまで雨だったはずだよな?」

 と一堂に問いかける。

「関東一円は雨がしばらく続くから優一の海洋技術科はしばらく実習無理だからこっちの校舎に……」

 そう返そうとして気が付く、今教室に差し込む『春先の長閑な暖かい日差し』に。


 残りの二人もそれに気が付くと先を争うように四人が教室の窓に張り付く。


 そこからは見える風景は東京郊外の街並みではなく、左手には水平線まで続く海原と、右手には地平線まで続く草原があるのみだった。


「ここはどこだ?」

 穂村の声に応えられるものはこの教室にはいなかった。


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