第8話 令嬢は引き倒される
『わたし、あるむとりーすがだいすきっ‼』
無邪気な幼子の声が響く。
舌足らずの声は、幼い日のフィオーラ自身のものだ。
まだ母が生きていた頃、フィオーラは母が枕元で語ってくれたおとぎ話に胸を躍らせていた。
母は物語るのが上手で、いつもフィオーラを夢中にさせる。
なかでも冒険家のアルムトゥリウスの話は、フィオーラの一番のお気に入りだった。
大好きな登場人物への憧れを告げる幼い娘へと、母が柔らかく微笑んだ。
『フィオーラが、アルムトゥリウスを好きになってくれて、良かったわ。フィオーラが大きくなっても、彼の名前を忘れないでいてね? そうすれば、もしかしたら―――――――――――』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あるむとりーす………」
寝起きのぼんやりとした頭で、フィオーラは呟いた。
壁の隙間から、光が斜めに差し込んでいる。
陽の角度からして、今はもう朝だ。
何か懐かしい夢を見ていた気がするが、目覚めの光を浴び、内容は溶け消えてしまっていた。
「…………アルム、おはよう」
枕元に置いておいた、緑色の石へと声をかける。
一時的に休眠するとの言葉通り、返事はないようだった。
フィオーラとしても、寝起きの乱れた姿をアルムに見せるのは抵抗感がある。
昨日から着たままの粗末なドレスを整え、井戸で顔を洗うことにする。
アルムの石をハンカチで包みなおしドレスの
アルムの存在や薔薇園を、どう他の人に説明すべきか考えつつ歩いていると――――――――
「っ⁉」
強い衝撃。
後頭部の痛みに襲われ、フィオーラは思わず倒れこむ。
立ち上がれずうずくまっていると、腕を背後へとねじりあげられる。
叫ぼうとすると口へ布が当て、声を封じられてしまった。
(痛いっ!! 何⁉ なんなのっ⁉)
痛みと恐怖に襲われながら、必死で視線を巡らす。
両脇から屈強な男性に押さえつけられているようだった。
「捕まえたぞ!! この汚らわしい異端者め!!」
唾を飛ばし、怒鳴りつけてくる小太りの男性がいた。
どこかアルムの衣装と似通った服を着ている。
(千年樹教団の関係者⁉ )
なぜ彼らがここに?
なぜ自分は罵られて?
疑問に埋め尽くされるフィオーラの耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「あははっ‼ 惨めねフィオーラ!! あんたなんか、そうやってドブネズミのように這いつくばってるのがお似合いよ!!」
異母姉のミレアだ。
何事かと尋ねたいが、口に布を噛まされているせいで声が出ない。
這いつくばるフィオーラの背を、ミレアが足で踏みにじった。
「~~~~~~~~~~っ!!」
声も無く悶絶する。
痛みには耐性がある方だが、ヒールが容赦なく食い込み、肉が抉られるようだ。
もがくフィオーラに、ミレアが哄笑をあげ罵った。
「昨日、私を馬鹿にしたお返しよ!! この後で罪人のあんたが味わう苦痛に比べたら、ずっと優しいものでしょうけどね!!」
ミレアは何を言っているのだろうか?
まるでフィオーラが、罪人か何かのような口ぶりだ。
狼狽するフィオーラに気づいたのか、ミレアが唇を釣り上げる。
「あんたが昨日何をやらかしたか、忘れたわけじゃないわよね!? 怪しい男を引き込んで植物を操って、うちの庭を無茶苦茶にしたじゃない!! あんなことができるのは不法に所持した樹具しかないでしょう!?」
樹具。
それは奇跡を行使しうる道具だ。
世界樹は常緑樹だが、数十年に一度、伸びすぎた枝や葉を落とすことがある。
落ちたその枝葉を加工し樹具という道具にすれば、人間でも奇跡の一端が使えるようになる。
樹具はとても貴重で、そして強力な道具だ。
千年樹教団や国が管理するのが決まりで、もし許可なく樹具を保持し使用したのが発覚すれば重罪だ。
どうやらミレアは、昨日のアルムの見せた力を、全て樹具によるものと考えたようだった。
伯爵家の伝手を辿り、千年樹教団へと違法な樹具所持者の存在を告げたのだ。
その結果、朝一番から、教団の人間にフィオーラは捕縛されたようだった。
「前から卑しい奴だと思っていたけど、ついに本性を現したわね!! 樹具の不法な所持も、所持者への協力も、許されざる大罪よ!! 火あぶりになるか八つ裂きになるか、とてもとても気の毒ね!!」
全く気の毒だとは思っていない口調で、ミレアが言い放つ。
反論したいが、口元の布のせいで声が出ない。
どうにか布が外れないかともがくと、頬に生ぬるい手が触れた。
「………っ⁉」
「ほほぅ? 汚らわしい罪人がいると聞いて来てみたが、顔立ちはなかなかに美しいな」
背筋が粟立つ。
小太りの男は教団の人間のようだが、聖職者らしさは微塵も無い。
嘗め回すようにフィオーラを見る視線は、泥のようにねばついていた。
「不正な樹具所持者を引き込んだ女、か。もしかしたらこいつも、服の中に樹具を隠し持っているかもしれないな。俺が検めてやろう」
伸びてくる男の手から、必死でフィオーラは身をよじった。
昨日、こちらへと触れてきたアルムの手とはまるで違う気持ち悪さで―――――――
(アルム‼)
思い出す。
痛みと混乱で頭から抜けていたが、彼ならフィオーラを助け、誤解を解いてくれるはずだ。
(っ!! あんなところに‼)
アルムの眠る石を包んだ、ハンカチ包みが目の前の地面に転がっている。
捕らえられた衝撃で、隠しから落ちてしまっていたようだ。
「何? あんた、これが気になるの?」
ミレアの足が、ハンカチ包みを蹴り転がす。
フィオーラから遠くへと蹴りやると、ミレアがかがみ手を伸ばす。
「何よこの包み? まさか、これが樹具なのかし――――――――――きゃっ⁉」
ミレアの腕が、弾かれたように上へあがる。
「誰だい? フィオーラ以外、僕に触れることは許してないはずだよ?」
眩い光と共に石が消え、美しいアル厶の姿が現れる。
アル厶は地面に降り立つと、引き倒されたフィオーラの姿を認めたようだった。
「フィオーラ⁉ お前たち、彼女に何をするつもりだ⁉」
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