竜飛岬のかいだん

アレ

読み飛ばしてもいい序章

 竜飛岬に行った。あれは冬の寒い日、青森出張のついでだった。年度末も近く有給休暇も余っていたので、この機会にちょっとたそがれてくることにした。会社は暇な時期だったので、上司も嫌な顔一つしなかった。


 竜飛岬は、遠い。

 予定はこうだ。青森駅を6時15分の蟹田行きで出て、58分に着いた終点で7時7分発に乗り換え、7時46分に三厩駅に着く。8時7分までバスを待つと、竜飛付近の終点には8時39分に着く。さすがにすぐの折り返し便に乗るのも何なのでその次ということにすると、11時30分発ということになる。これでも青森駅に着くのは14時1分である。どこか一箇所にでも寄り道するだけで、だいたい日が暮れる。朝早いのも厳しい。しかし、青森駅から行ける次の乗り継ぎでは、余裕がない。その行程は、11時頃に出て13時過ぎに着くという順調なものだ。だが帰りの接続が悪く、どうやら19時を過ぎるまで青森に戻れない。これでは寄り道すらできない。特に、蟹田と三厩の間の列車が1日5本しかないのが厳しいのだ。

 車を借りることも考えた。だが、やめておいた。雪国で運転などしたことはないからだ。そもそも、ぼんやり過ごしたいから行ってみようと思ったのである。運良く雪がなくとも、奥地ならではのものすごい道路にやられるかも知れない。それも面倒である。どうせ休暇を一日使い切るだけ、どの途そこは変わらないと考えれば、あきらめもつく。

 それはそれとして、だ。あのあたりに行くなら、できるものなら、上野発の夜行列車から乗り継いでみたかったものだ。だがそんなものはもうない。そもそも、そういう行き方がまだ可能だったなら、余計に悔しかっただろう。今回は出張のついでなので、それは叶わない。


 そんなこんなで前夜に仕事が終わり、眠気に包まれたまま、目覚ましに起こされた。身支度を終えて、予定通り出動することができた。さすがに町中を歩く人を見ない。青森駅も闇の中である。だが、駅の明かりは点っている。そして、やたら長い階段と通路を越え、乗場へ行く。列車は短いが、乗場は長い。その奥の方は、暗くて見えない。ここから海に吸い込まれそうな風景である。そこに、金属も露な汽車が停まって、電子音を漏らしている。あの海の向こうから来そうな古い亡霊にとってなら、そういう音の方が怪異なものなのかも知れないと思った。今にして思えば、この空想も予兆のうちだったのかも知れない。

 列車の長椅子に寝て起きたら蟹田である。運転手に起こされ、夢うつつのまま向かいにいる見たことがあるようなないような汽車に乗り込む。外は塗り直されているのかも知れないが、車内のしつらえは古臭い。西岸良平の漫画に出てきそうな雰囲気である。そして油臭い。ヂーゼルカーなのは間違いない。そんな車内でも、暖房だけは十分で、暑いくらいである。ただ、他の客を見かけない。息でくもる窓のガラスを拭いてみたら、すぐくもり直した。これでは風景を楽しむのも大変だと思った途端、睡魔にまた襲われた。暑さの中でうとうとしていると、気付けば終点である。外は、すっかり明るい。

 乗場は低く、降りる時には転びそうになった。出口へ向かう前に進行方向を見ると、線路がまだ延びている。何か計画でもあったのだろうか。地図にない線路が海底にでも続いているのかも知れない。歩きながらそんなことを考える暇があるくらい、改札的な構造物は遠かった。そして駅前に出れば、店の一軒もない。こうなれば、ただバスを待つのみである。幸か不幸か、寒風のお陰で、身が引き締まって眠気が治まる。果たして、バスに乗り遅れるような無様を晒すことはなかった。


 運転士に、竜飛のあたりを散歩したいがどこで降りたものかと訊ねてみた。運転士曰く、終点は山の上で風が強い、しかし遮るものもこの時間に開いている店もない、漁港のバス停で降りても海峡は見えるのでそうするとよいのではないかとのことだった。やることがないのはどちらも変わらないという情報は、有り難いものである。私はそうすることに決めた。

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