第4話天工冥帝拳第八百十代目伝承者

「はああァッ、破っ」


辺りに漂う瘴気を瞬時にして集めたガイルが、それを剣に流し込む。



すると異様な輝きを帯び始めた剣が、カタカタと揺れ出した。



「あ、あれは伝説の拳法、天工冥帝拳(てんこうめいていけん)っ」




驚愕の表情を浮かべたイービルロードが、思わず後ずさる。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



三万年にも及ぶ闘争の歴史の裏側で、その名を刻みつけてきた究極の必殺拳があった。


その名を天工冥帝拳という。


かつて、全世界をその手中に収めた乱世の覇者、魔帝クラウザー五世は、人類に対し、一切の冶金(ヤキン)行為を禁止し、あらゆる武具を取り上げた。




これにより寸鉄帯びぬ身で人類は、魔物と戦うことを強いられることとなる。


だが、武器防具を持たぬ人類は、あまりにも脆弱であり、ただ、むざむざと魔物に食われるだけの存在となり果ててしまった。



そして人類は滅亡寸前にまで追い込まれていった。


しかし、人類は死滅などしなかったっ!



偉大なる救世主が誕生したからだっ!





その救世主こそが天工冥帝拳(てんこうめいていけん)創始者にして初代伝承者となるメイオウだった。



メイオウは一切の鍛冶道具に頼らず、自らの拳をハンマーとし、その熱く滾る心を炉と定め、剣と鎧を造り上げた。


そしてメイオウはその鍛えた武具を人類に配っていった。



また、メイオウは自らの鍛え抜かれた肉体を武具として、魔物を相手に戦った。



一切の得物を用いぬことなく、ただ、素手のみでドラゴンの首を捩じ切り、邪神を打ち滅ぼしたのだ。



また、メイオウは倒した魔物や邪神を素材として、自らの手で武具を拵えたとされている。



そう、メイオウにとって、己の拳のみが武器であり、武具を鍛えるハンマーだった。



各地では、再び魔族と人間との熾烈な戦いが繰り広げられた。


だが、人類は、強い武具とメイオウの活躍により徐々に勢力圏を取り戻していった。





そしてメイオウは、ついに魔帝クラウザー五世との三日三晩に渡る激闘の果てに勝利を収め、人類を救うこととなる。



そう、人類は滅亡の魔の手から逃れたのだ。


ひとりの救世主によって。


これによりメイオウは、魔帝を滅ぼした冥帝と呼び称えられることとなった。



だが、その後のメイオウを知る者はいない。




ある一説では、メイオウとは天帝の化身であり、魔帝を打ち滅ぼしたのちに天に還ったとも伝えられているが、それも定かではない。





そして、霊廟を一振りの剣に鍛えたこのガイルこそが、天工冥帝拳の第八百十代目伝承者だったのだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ふむ、中々面白い妖剣が出来上がったな」


ガイルが拾い上げた剣をマジマジと眺める。



「れ、霊廟が剣になっちゃったわ・・・・・・」



地面に尻もちをついたレムが、茫然とした面持ちでそう呟いた。




「天工冥帝拳の使い手だったとは、流石は旦那、あっしの目に狂いはござんせんでしたね」




幇間(ほうかん)持ちのような口調でそう言いながら、イービルロードがひとりで勝手に納得している。



するとガイルはイービルロードに剣を差し出すと「お前のものだ。持っていけ」と告げた。



「え、あっしがですか?」



キョトンとした顔で、イービルロードがガイルに尋ねる。




「元々はお前の封印されていた霊廟と妖気を使って鍛えた剣だ。ゆえにこの妖剣はお前のものだ。妖剣もお前を主と認めているようだしな」



「へえ、そういうことなら遠慮なく」



ガイルから受け取った妖剣を、イービルロードが大事そうに呑み込む。



「それでは俺は近くの宿場町にいくので、ここいらで別れるとするか」




「それだったら、あっしもついていきますぜ、旦那。なんせ久しぶりの娑婆(しゃば)だ。人間の世がどうなってるのか拝んでみてえし、旦那といりゃ、退屈せずに済みそうだ」



「それは構わんが、お前のその姿では、宿場の者たちが怖がるぞ」



「それなら心配ご無用ってもんで、ほれ、この通り」



すると、イービルロードの身体が歪み、縮んでいったかと思うと、見る見るうちに小さな童女(どうじょ)の姿になったではないか。



「なるほど。これなら宿場の者たちも怖がることはないな」



「へへ、でやんしょ」




「でもガイルさん、そいつ、アンデットですよっ、魔物ですよっ、人間を襲って食べるような奴ですよっ」


レムがガイルに対し、抗議する。



「へっ、何を言ってやがるっ、この腐れアマっ、テメエだって同族の人間をわざと誘い込んで魔物に殺させてただろうがっ、言っておくが俺たち魔物は、

お前ら人間と違って必要以上に食い殺したりはしねえぜっ」



「でも、人間をお襲って食べることは事実でしょっ、それにあたしが霊廟に誘い込んだ男達なんて、裏じゃえげつないことばっかりしてたんだからっ」



「その理屈だったら、俺が悪人を食っても文句はねえはずだっ」


「口の減らないアンデットっ」



「口が減っちゃっ、人間が食えねえぜっ」



両者一歩も譲らずに口論を繰り広げている。



「まあ、待て。これも何かの縁だ。喧嘩などしても腹が減るだけだぞ」



「でも、こいつはあたしを食べようとしたんですよっ」


レムがイービルロードを指差していう。



「そうだっ、お前は俺の食い物だっ、こっちは随分長いこと人間を食ってねえんだぞっ、わかったらとっととお前の血肉をよこせっ」



イービルロードがレムに向かって吠えたてる。



「そんなに腹が減っているなら何か食わせてやろう。宿場町に行けば、お前の食えるものがあるはずだぞ」



そう言われ、イービルロードはしぶしぶ身を引いた。


それから一行は森林地帯を抜け、街道沿いにある宿場町へと足を運んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る