第3話鍛冶屋ガイル
イービルロードが封印されていた霊廟は、樹木の茂った暗い森林地帯の奥深くにあった。
それは黒い花崗岩で建造された立派な霊廟だった。
だが、いくら手を掛けたとはいえ、イービルロードは嬉しいとは全く思わなかった。
むしろ有難迷惑だ。
例えば、人間が牢屋に閉じ込められる際にお前の格子はただの鉄ではなく、銀を混ぜてやったからありがたく思えと告げられても、
そんなもの大きなお世話だと言い返したくなるだろう。
おまけに封印したらしっぱなしで、何か供物を持ってくるわけでも掃除をしにくるわけでもない。
そうしている内に雨風に晒されて、霊廟は苔むしていき、表面がひび割れて欠けていった。
これだったら別に立派な霊廟ではなくてもよかった。
そこら辺の壺にでも封じて、代わりに供物を持ってきたり、祈りを捧げたり、簡単でもいいから、布か何かで拭き清めてくれるほうがよかった。
そもそもの話、生贄を捧げるから敵を殺せと、話を持ち掛けてきたのは人間のほうだった。
それで人間の話に乗ってやって、言われた通りに敵を滅ぼしてやった。
で、のこのこと戻ってきたところに不意打ちを食わされて、その挙句が封印という仕打ちだ。
あの時は儀式用の部屋に戻ると、突然、大勢のシルバー製の剣を持った兵士やら冒険者やらがなだれ込んできた。
で、その中に紛れ込んでいた勇者という名のバカが「悪鬼の頭領イービルロードよっ、貴様の好きにはさせないぞっ」とか、
聖女という名のアホが「醜い地獄のケダモノよっ、悪霊とともに地獄へ落ちなさいっ」だとか、好き勝手に抜かしていた。
他にも顔が気持ち悪いだとか、臭いだとか、アンデットは大人しく墓場に入ってろだとか、言いたい放題だ。
流石に腹が立った。
いや、ここで怒らねばアンデットの誇りに傷がつく。
それでイービルロードは、ええいっ、ままよっ、と、彼らに襲い掛かった。
そのあとは切った張ったの大乱闘だ。
数百人からなる腕利きのエクソシストを向こうに回し、単身突っ込むと、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、と、またたく間に倒していった。
派手な大立回りだ。
その時に飛ばしたイービルロードの「倒してみろっ、俺は不死身のイービルロードだっ」という威勢の良い啖呵たんかは、のちに人間達の語り草となっている。
だが、所詮は多勢に無勢、徐々に押されていって、最後は封じ込められた。
もっとも相手のほうも無傷ではなく、勇者と聖女、それに無数の兵士達がイービルロードに殺されてしまったが。
そんな三人は、現在、イービルロードの封印されていた霊廟の前にいた。
「ここがお前の封印されていた霊廟か」
ガイルがイービルロードに尋ねる。
「ええ、まあ、とはいえ、ろくなもんはござんせんぜ。あっしの妖気に引き寄せられた低級アンデッドが中でうろついてるだけで」
「ふむ。確かに強い瘴気を感じるな」
そういうと、ガイルは両開きの石扉を押しやり、霊廟の中へと入っていった。
中には壊れた棺の残骸や朽ちた骸骨が転がっている。
内部は完全な闇に覆われ、湿り気を含んだ腐臭が漂っていた。
ガイルがランタンに火を灯す。
「最近、ここで何人か死んでいるな」
床に付着した新しい血糊を見て、ガイルが言葉を漏らした。
「お目が高い。その通りですよ、旦那。もっとも殺したのはあっしじゃござんせん。そこの娘です」
イービルデッドが、長い爪を生やした人差し指をレムに向けていう。
「あれはスケルトンやゾンビが殺したからで、あたしは直接、手出ししてないわよっ」
すぐさまレムが反論する。
ガイルがいるおかげか、イービルロード相手にも物おじ一つしない。
あれほど怯えていたのが、まるで嘘のようだ。
「だが、お前さんが男の冒険者をここに色仕掛けで誘いこんで、わざとアンデットに殺させていたのは事実だろう。持ち物を奪うためにな。
まあ、相手の男も鼻の下伸ばした、スケベ根性丸出しのろくでなしではあったがね」
「ふむ、それならば助けぬほうがよかったか」
顎を撫でながらガイルが呟く。
「それなら今からでも遅くはござんせんぜ、旦那。少しばかり眼閉じてもらえりゃ、すぐ済みますんで。あっしだって何も好んで善男善女を食いたいとは思いませんや。
なもんで、封印される前は悪人悪女を選んで食ってましたぜ」
イービルロードが牙が突き出た歯列を覗かせ、レムを見やる。
「いやあっ、助けてっ、ガイルさんっ」
レムが素早くガイルの背後に回り込んだ。
「まあ、待て。とりあえず一旦、ここから出ようではないか」
その言葉にイービルロードとレムは素直に従った。
新鮮な森の空気が心地よい。
「それでどうするんですかい、旦那」
「ふふ、まあ、見ているが良い」
そういうと、霊廟の前に立ったガイルが、構えた。
そして裂帛れっぱくの気合とともに建物を拳で殴り始めたではないかっ。
石壁を乱打され続けた霊廟が、音を立てて圧縮されていった。
「あたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたっ、ほあたァっ」
そして気が付くと霊廟は跡形もなく、ただ、一本の剣のみが残されていた。
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