第59話「【タイマー】は、女に出会う」

「れ、連合軍? 何の話だ……げふッ」


 ルビンは吐血しつつもヨロヨロと起き上がる。

 その度に傷口からドクドクと血が溢れた。


 何かが発射され、それが食い込んでいるのだろう。


 しかし、問わねばならないだろう───……少なくとも、


「お兄さん!?」

「いいよ。レイナ───もう大丈夫……」


 そう、少なくとも、その女は恐らく……。


「連合軍は……連合軍よ。知らないって様子ね。嘘じゃあなさそう」


 ふぃぃいいいん……。


 女の周囲に待っていたガンネルがフワフワと散っていく。

 いくつかはこの空間から出ていったようだ。


 ルビンはそれを見送りつつ、黒衣の女に歩み寄る。


「……あんた、このダンジョンのボスじゃなよな?」

「は?? ぼ、ボス? ダンジョンんん? アンタは何を言ってるの?───いえ、それよりも答えなさい」


 疲れたような表情をした女は棺に腰かけたまま、おっくうそうに顔をあげた。


「な、何をだ?」

「───全てよ」


 全て……?



 それからというものの、女はルビンとレイナにいくつかの質問をした。


 ルビンたちの所属。

 階級。


 種族……。

 世界。


 そして、時を操る方法について──────。






 最後に、今が何年の何月なのか……。





「う、嘘…………。いえ、そうね。にわかには信じられないけど、本当のことのようね」

「し、信じるのか?」


 ルビンの言葉に黒衣の女は髪をかき上げる仕草のあと、フゥと息をつきながら。


「……今、ガンネルがここの外を偵察しているわ。まさか、まさか、ね……」


 また、ため息をつく。


「───施設の老朽化……。いえ、老朽化というよりも、これはもはや遺跡ね。そして、そうなるほどに時間が経っているということ。観測機器も一個も残っていやしないわ」


 そういって、近づいてきたガンネルを一機、そっと撫でる。


「そ、それはなんなんだ? まるで、生きているようにも見えるんだが……?」

「あら? 質問しているのはコッチなんだけど、まぁいいわ」


 黒衣の女がパチリと指を弾くと、室内に残っていたガンネルが一斉にルビンたちの方を向く。

 黒々とした筒がその先を指向してくるため、ルビンは思わず身構える。


「そう警戒しないで。もう、戦う気はないから。……ま、アンタたちがそうであれば、だけどね」


 一方的に攻撃してきておいて勝手な言い分だが、ここで女が引き下がってくれるならそれに越したことはない。


「あ、あぁ、俺たちにも攻撃の意志はない───そちらが攻撃してこない限り」

 ルビンの言葉にクスリと笑みを浮かべる女。

 本当にその意思はないらしい。


「……で、この子たちだけど、これは広域型ゴーザフェッシュン自律ウートヌゥミン自我エゴ予備リィザァビィガンシステム───通称『Großflächentyp AutoNomie Ego Reservieren= GANERガンネルよ」


「が、ガンネル……?」

「こ、広域型……な、なに?」


 ルビンもレイナも頭に「?」マークを沢山つけている。

 そりゃそうだろう。いきなり横文字がたくさん出てきても意味不明だ。


 その様子を見て黒衣の女はクスリと笑う。

 不思議と人好きのする笑顔で嫌味は感じなかった。


「……簡単に言えば、アタシの予備システム。───分身のようなものよ」


「ぶ、分身??」

「これが全部??」


 フワフワと浮かぶガンネルたちが一斉にコクリと頷くように筒先を下げた。


「わっ」

「すごい……」


 どういう仕組みかさっぱりわからないけど、実際に戦闘したルビンには何となくコンセプトが分かった。


「も、もしかして……アナタは───」

 ルビンは恐る恐る尋ねる。

 この女が対面時より一貫してした態度の一つ。


 エルフと、時間魔法に対してのそれ。


「えぇ、御明察の通りよ。アタシは『対エルフ』『対時空魔法』に特化した兵士───ガンネルコマンダーよ」


 ガンネルコマンダー。


 通称、

「ガンコマとか言ったらぶっ殺すわよ」「ガンこ……」


 げふん、げふん。


「そうか……。やっぱりそういうことか!」

 戦闘中。ルビンは何度かこの女をタイムで止めた。

 しかし、女はタイムで止められているにもかかわらず、その後の動きには全く支障を見せていない。

 まるで時が止められていることなど見えているかのように───。


 否。見えていたのだ。


 この女の意志は『本体』だけでなく周囲にあるガンネル全てと共有している。

 だから、タイムを喰らっても全く支障なく行動可能。


 しかも、ガンネル自身も複数ある上、タイムの連射を喰らっても問題ない様に複雑な動きを取りつつ、まとめて喰らわないように分散飛行する。


 そして、モタモタしているうちに『タイム』の効果時間が切れる───と。きっと、そういうコンセプトで作られているのだろう。


 そのうえ、レイナが見たという「乗り移った」という、それ。

 おそらく、『本体』に見える女もガンネルの一つでしかないのだ。


 どういう身体構造かは知らないが、女を仕留めても、ガンネルが生き残っていれば女の指揮をそのまま継承してしまえるというわけ。


 ぶっちゃけ不死身。


 つまり、一挙にガンネルを殲滅するしかこの女を倒す術はないという事。

 これはルビンの「タイム」だけで、なく、レイナの【能力】にも対応している。


 レイナの【能力】は世界の時を止める最強の技ではあるが、効果時間が短い。

 そして、その時間の中でガンネルを全て破壊するのは不可能だ。


 つまり、ルビンたちにはこの女を「倒し切る術」はほとんどないと言っていいだろう。

 やっかいなことに、ガンネル自体がいくつあるのか分からない。


 当然、ここに見えているものだけがすべてなはずがない。


 フワフワと浮いている以外にも一機でも隠れていれば、この女を倒しきることはできないのだ。


 いや。ほんと。

 向こうから戦闘を中断してくれてよかった……。


「───もっとも、時空魔法だけでなく、エルフの使う魔術に対してもほとんどの場合で対抗できるように設計されているわ……こんな風にね」


 ガチリと、棺の中にあった「スイッチ」を押す黒衣の女。

 すると、


 ガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャ!!


 ガシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!


 床や壁がせり出し、内部から大量の鉄の塊を!!


「ひぇ!?」

「ほぁぁあ!!」


 ルビンとレイナの近くまで棚が飛び出してきて危うく轢かれそうになる。

 ピョインと跳ねて、抱き合う二人。


「こ、殺す気かぁ!!」

「あぅ、ちびった……」


 その様子をフフフと笑ってみている女。

 やはり、その仕草にルビンはドキリとさせられる。


「どぅ? 重火器の群れよ。火力は大概のことを解決できるわ。……これなら、エルフだって目じゃないもの」


 そういって物騒に笑うも、それこそがこの女の美しさが一層際立てられる。


 彼女はかなりの美人で、纏っている雰囲気もアンニュイさが醸し出され大人の女性と言った感じだ。


「む」


 それに気付いたレイナがプクゥと頬を膨らませていたが、気付いてません。気付いてませんよ。


「す、すごいですね……。これだけの装備が『時の神殿』に眠っていたなんて……」


 ルビンは恐る恐る棚から武器らしきものを取り出すも、その使い方はさっぱりわからない。


「凄いのはアンタのほうよ。どうなってるのその体? 7.92mmをあれ程くらって、もう回復してるなんて信じられないわ」

「え? あぁ、この体か。……たぶんドラゴンを食らったせいかな?」


「ドラゴぉン?!」


 ポリポリと傷口を掻くルビン。

 少し盛り上がったそれを上から押すと、固まりかけた血と共に金属辺のようなものがピュッと吐き出され、澄んだ音を立てて床に転がる。


 黒衣の女が言うところの7.92mmという奴だろうか?


「まぁ、失った血は戻らないので、少しふらつきますけどね……」

「……わ、悪かったわよ。医療器具なら提供するから───それで勘弁して」


 そう言って、棚から『バッテン』のついた白いパッケージを投げ寄越す。

 しかし、使い方が分からないので、マゴマゴしていると軽くため息をついた女が、パッケージを破り、中からチューブのようなものを取り出す。

 そして、丸い小さな塊も。


「抗生物質と造血剤よ。あとこれ、」


 ブス!


「いだ!! な、なにを?!」


 見れば、鋭い針がついたチューブのようなものを無造作にルビンに突き立てる女。

 その顔は悪戯が成功した子供の用だった。


「んふふ~。凄い皮膚ね。針が折れそう……。はい。終わり───強化リンゲル液よ」

「あ。ありがとう。あれ? なんか痛みが……」


 不思議と全身を襲っていた数々の痛みがスーっと消えていく。


「その錠剤は痛み止めよ。別に治ったわけじゃないから気を付けて───まぁ、アナタのその体なら心配なさそうだけどね」


 そういって、ルビンの鼻をかるく弾く女。

 どことなく子供にするようなしぐさにルビンが少しむくれる。


「悪かったと思っているのよ……ごめんなさいね。状況が分からないとはいえ、突然襲ったりして」

「い、いえ…………。その、アナタは一体?」


 対エルフの兵士だとは聞いた。

 聞いた……。聞いたが、それがなんだ?


「私?…………そうね。何と言っていいのか───」


 そっと、棺から立ち上がると、黒衣の女は床を歩き、キュムキュムと足音を立てつつ、クルリクルリと舞いうように歩く。

 そして、ルビンの前まで来ると帽子を脱いで芝居がかった仕草で一礼。


「旧…………人類連合軍兵士。最後の兵士にして、そして、最古参の新兵。……つまり、おめおめと生き残った、敗残兵───それがアタシ」




 パシンと最敬礼をした黒衣の女が最後に寂しそうに笑った。

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