第44話「【タイマー】は、追い詰める」

「───強酸攻撃だよぉォ!!……………………って、あれ?」


 アシッドドッグの最後の隠して強酸攻撃。

 それは間違いなくルビンへの直撃コースにあった。

 

 だが、


 だが──────……。


「なんで?! き、消えた!? バカな……!」

「─────────────ば、馬鹿な……」


 アシッドドッグも驚く。

 そして、ルビンも驚いていた。


 だって、

 いつの間にか、強酸の直撃軌道から逸れ、レイナに庇われるように地面に倒れ込んでいたのだ。


「うお!? いつの間に躱しやがった! 全く見えなかったぞ?!」

 アシッドドッグはようやく気付いて更なる強酸瓶を取り出す。


「遅いッ! ネタが割れて二度も食らうかよ!!」


 大男から引っ込ぬいたナイフが手元に。

 そいつを振り抜くようにして投げると、アシッドドッグの強酸の入った瓶を見事に破壊した。


「いで────────ぎゃああああ!! あじゃあぁぁああ!」


 晴れて霧状になった強酸がアシッドドッグの服をドロドロに溶かしていく。

 そして、オッサンが半裸に───……。


「レイナは見ちゃダメよ」

「ふぁ?」

 ルビンに抱き着いていたレイナの目を覆ってやる。


「あち、あち、あちちちちちちちちちちッ!! いや~ん!」

 その先では、アシッドドッグが服をボロボロに溶かしてヨヨヨヨヨ……としなを作ってクネクネとしていやがった。


「キモイんだよ! アホぉ!」

「あだぁ!」

 スパーンと頭を叩いて地面に転がしてやるとみっともなく「ひーひー」と騒ぎながら逃げようとする。


「おら、どこいくつもりだ、あ゛あ゛あ゛ん!?」


 ズン!! と背中に足を置く、威圧感ムンムン。

 アシッドドッグはどこかに味方が残っていないか首を曲げて探すも、もはやどこにも健在な手下はいない。


「ち、ちちちちち、ちくしょ~!! 何しやがった!? ま、全く見えなかったぞ?!」

「……あぁ、俺もだよ───」


 アシッドドッグを踏みつけたまま、ルビンはレイナの頭を撫でる。


「……ありがとうレイナ」

「え?」


「助けてくれたんだろ?………………確かに、ほんの一瞬だけ、君の世界が見えた」


 レイナの目が光った時。

 確かに、世界は止まった。


 レイナを除いて世界は止まった───。


 その停止した世界でレイナは動く。

 彼女だけが、時の凍り付いた世界で動き、その先にルビンの命を救わんとして動いていた。



 たった一秒にも満たない、ほんの刹那のひと時。

 だが、世界の全てを停止させることができる───それがレイナの能力ちからだった。



「ルビンさん、も?…………時間の止まった世界が見えるの?」

「あぁ、君ほどじゃないけど。たしかに、時の世界が見えたよ」



 【タイマー】だけが見える世界。

 時の止まった世界に───……時間に介入できる禁じ手、「時使いタイマー」の生きる領域だ。


「な、何をゴチャゴチャ食っちゃべってやがる!! お、おおお、俺を誰だと思ってる!?」


 あ、忘れてた。


「アシッドドッグ(笑)だろ? スラム下層西側の支配者とやらの───」


 その言葉を聞いて、レイナが顔面を蒼白にする。

 咄嗟の出来事とはいえ、正面をきってアシッドドッグに逆らってしまったのだ。


 レイナにとっての恐怖の対象であるこの男に!


「ひへ! そ、そうだ。れ、レイナぁ! 分かってるんだろうな? 俺に逆らったらどうなるかゲヒヒヒヒ───あだーー!!」


 ゴスッ! とケツに踵を叩き込むルビン。


「勝手にしゃべるな。ケツを割るぞ。───あ……割れてるか」

「ぐぬぬぬぬぬ……。このクソ若造がぁ!」


 中々しぶとく抵抗するアシッドドッグ。

 だが、微塵も恐怖を感じない。


「……あとで、覚えとけよッ! 俺たちスラムの住人に手を出したらどーなるか!!」


 は…………?


「何言ってんだよ?」

「あ゛?! なんだ、今更怖気づい───」


「なぁ、おい。アシッドドッグの親分さん。……あと・・があるとか本気で思ってるのか?」


 ルビンの据わった目。

 そして、未だにありもしないスラムのしょうもない権力に縋りつくアシッドドッグにもウンザリだ。


「な、なんだと?! ふ、ふざけんなよ。俺をどうする気だ!! お、俺に手を出してみろ───スラム中が……!」

 スラム中だと?

「……はッ。くだらねぇハッタリはよせ。ダンジョン都市の人口は約3~4万人。そして市街地の6分の1がスラム化。ならば、スラムの住人は約5、6千人ってとこだ」


「ほぁ?」


 いかにも頭の悪そうなアシッドドッグ。

 ルビンの言わんとすることがどこまで理解できる事やら。


「で───だ。その中でもスラムの下層と言われる部分は、その部分のさらに3分の1。で───お前の支配地域は更に小さくその西側だけ。つまり、下層の4分の1───わかるか?」


「え、ええ、えっと?」


 ふん。


「つまり、お前のいうスラムの住人と手下は、せいぜいがダンジョン都市3万のうち、だいたい500人ってとこだな」

「ご、500人??」


 レイナがここで初めて疑問の声をあげる。


「あぁ、そうだ。そう聞けば多いかな? でもな、」


 ちょんちょん、とレイナの頭をつつくと、


「君くらいの子や老人を加えるとどうかな? 衛生状態も良くないだろうし、病人も多そうだ───とすると、」


 ルビンは五本の指を広げて見せる。

 これならレイナにもわかるだろう。


 指一本当たりで100人という風に示す。


 そして、

「───まず、子どもが100人」 


 ぱたん、と親指をたたむ。


「女、老人───200人」


 人差し指、中指と、次々に一本、二本と指をたたむ。


「そして、最後に病人。これも100人」


 最後に薬指をたたむと、小指を除いてほど全ての指がたたまれる。


「つまりよー……」

 ルビンはその小指をアシッドドッグの鼻に突っ込むとそのまま釣り上げる。


「あがががががががが……!」

「───なぁ、お前の手下はせいぜい100人ってとこだろ?」


 それも、そうとう多く見積もってな───。


「な、そ───……」


 実際はもっと少ないだろう。

 この百人という数字は働ける男の数だ。


 その全員がアシッドドッグの手下ということはないはずだから、さらに減って50人。

 そのうち、こんなまっ昼間からスラムで管をまいているような暇人が早々多くいるはずもあるまい。


「…………ということは、だ。つまり、ここで俺がした連中で、お前の手下は品切れなんじゃねーのか?」

「うぐ……!」


 言葉に詰まったアシッドドッグを見てレイナが口を覆う。

 どうも、そうとうに驚いているらしい。


「う、うそ……。た、たったのこれだけ?!」

「そうさ。見ただろ? コイツ等の雑魚っぷりを。ハッキリ言って、君が本気をだせばこんな連中に負けるはずがないよ」


 ルビンより、上位の能力を持つレイナ。

 世界中の時間を止めるとか、どれだけ桁外れの能力だと思っているのだろう。


「そ、そんな。私の能力なんて、全然大したことないよ……」

「いやいや。いやいやいやいやいやいやいや……」


 何を言ってるのかね、君は?


「レイナちゃんや。君の力ね……。多分それだけでSランクの冒険者を圧倒できるからね」

 いや、本気。


「ないないないないない! そんなのありえないよー」


 この子は何を言ってるのかね??


「……レイナちゃんや。今までどんな風に能力チカラを使ってたの?」

「え? えっとー……置引きとか、万引きとか、スリ? あと、逃げるとき」


 うん。


 おう。


 うん……………………。




 すぅぅ……───。

「能力の無駄ぁぁあああああああああ!!」

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