風竜の魔法具

 ルシウスは魔法具作成に時間が必要になったため、空いた時間を使ってアリスと王都の広場に来ていた。


「ルウ君、あれ何かな?」


 アリスの視線の先には、串に刺さった肉を焼いている屋台があった。独自のタレに浸した食欲を誘う芳醇な肉の香りが広場を漂っている。


「何の肉だろ? 聞いてみようか--すいませーん、これ何の肉ですか?」


「これはビィフの肉だよ! 美味いよー! 可愛い彼女と一緒にどうだい?」


「か、彼女……」


 アリスは店員の彼女という言葉に顔を赤くして、俯くように視線を逸らす。


(素晴らしい勘違い。ナイスだおっちゃん!)


「じゃあ二本もらおうかな」


「あいよ! 銅貨五枚だよ!」


 銅貨五枚を渡してビィフの串肉を受け取る。そして一つをアリスへ差し出す。


「ほら、アリス」


「ありがと」


 顔をあげて笑みを見せる。そして串肉を受け取り、ルシウスと一緒に食べ始める。


「うまいな!」


「おいしいっ」


「そうだろ! またいつでも来てくれよな!」


 店員が笑顔で送り出し、二人はまた来ることを約束して歩き出した。


「ルウ君、タレがついてるよ」


「うそっ? どこ?」


「とってあげるね」


 ルシウスの頬についたタレを指で拭い、そのままパクリと指を口に咥える。


「ちょ!? アリス!?」


「ふふふ。おいしいね」


 少し頬を朱に染めて笑いかけるアリスに、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受ける。


(お……お……おぉ神よ。アリスと出会わせてくれてありがとう。今世で最高の出会いだ)


 平静を装いながら、軽くアリスの頭にポフっと手を置く。そしてしばし見つめてから歩き出す。


「この平和を守らないとね」


「そうだな」


「勝とうね」


「あぁ……そうだな」


 精霊王を滅する。言うことは簡単だが、実際にそれがどれだけ大変なことかは二人とも理解していた。しかしだからといって諦める程達観もしていない。


 自分達を、そしてこの世界にいきる人々を守りたい。その気持ちは紛れもなく本物だった。しかし意志だけでは精霊界をどうにかすることができないことも分かっていた。


 


 広場の噴水の側、キラキラと水しぶきが光の反射で煌めいている。その前にたどり着き、アリスがベンチに腰をかける。


「ルウ君?」


 座らないルシウスを不思議に思い、下から見上げるように問いかける。ルシウスは真剣な表情をしたまま、異空間収納から小箱を取り出した。


「アリス--俺と結婚して欲しい」


 一瞬何を言われたのか理解できず、放心していたアリスだが、理解した直後、顔の隅まで朱に染まった。


 小箱を開けると、小さなダイアモンドがいくつも散りばめられた指輪が入っていた。光の反射で水しぶきがキラキラと光る中でも、その指輪は一際輝いて見える。


 アリスは涙を流し、朱色に染めた顔のまま笑顔を見せ、


「はい……!」


 その返事を聞いてルシウスは小箱の指輪を右手で持つと、左手をアリスに差し出す。

 アリスは左手をルシウスの手に乗せ、自身の指を見つめる。


 そしてゆっくりと、アリスの薬指へと指輪がはめられた。


「これからもよろしくな。アリス」


「うん……!」


 二人は見つめ合い、そして手を繋ぐ。そして--


「--お父様に何も言わないまま婚約しちゃったね?」


「あ……うん……挨拶にはもちろん行くよ」


「私もルウ君のお父様とお母様に挨拶させてね」


「もちろん。それに、もうアリスのお父さんとお母さんでもあるよ」


「ふふふ」


 二人は手を繋いだまま歩き出す。精霊の問題は解決していないが、今だけは忘れようと--日常を忘れないように心に今日のことを刻みつけていた。





 一ヶ月が経ち、一行は再び魔法具屋を訪れていた。


「グスタフおじさーん」


 エリーが声をかけると、ガチャガチャと物をどけるような音を響かせながらがっしりとした体躯のグスタフが現れた。


「もう! おじさんちょっとは片づけたら?」


「いいんじゃ。儂はどこになにがあるかわかっとる」


「そんなだからお客さん来ないのよ?」


「お主らが来とるじゃろうが。客が多いのは好かん」


「なんでお店やってんのよ……」


 呆れた様子でエリーが肩を落としながら答える。


「それで魔法具は?」


 ルシウスの問いかけに、グスタフは口角を大きく上げる。


「ふははは! 会心の出来じゃ! 見るがいい!」


 店の前に置かれている丸テーブルに、グスタフが風竜の鱗を使った魔法具を広げる。


「「「おお!」」」


「おっちゃんごついのに繊細な仕事するねー!」


 鱗を圧縮したようなそれは、竜頭や、翼などが象られていた。繊細な技術を思わせるそれは、グスタフのような太い指から生み出されたとは思えない程細かな意匠が施されている。


「風竜の鱗に、最高のミスリルをあしらっておる。間違いなく儂がこれまで手がけた中で最高傑作じゃ!」


「能力は全部同じか?」


「能力はもちろん違うとも。同じ意匠のものは能力も同じじゃがな」


「調べてもいいか?」


「もちろんじゃ」


鑑定アプレーザル


【風竜の指輪】

効果1:魔力消費が四割軽減

効果2:魔法の効果が三割向上


【風竜の指輪】

効果1:魔力消費が四割軽減

効果2:魔法の効果が三割向上


【風竜の腕輪】

効果1:魔力回復速度が五割向上

効果2:大気から魔力を吸収(大)


【風竜の腕輪】

効果1:魔力回復速度が五割向上

効果2:大気から魔力を吸収(大)


【風竜の首飾り】

効果1:魔法の効果が四割向上

効果2:魔法の効果が三割向上


【風竜の首飾り】

効果1:魔法の効果が四割向上

効果2:魔法の効果が三割向上


【風竜の耳飾り】

効果1:自動治癒(大)

効果2:魔力消費が四割軽減


「こりゃすげぇな」


 鑑定結果を聞いたイザベラが感嘆の声をあげる。他も見入るように、テーブルに乱雑に置かれた魔法具に見入る。


「間違いなく国宝級じゃ」


「あぁ。これは本当に助かる。相当な強化になるぞ」


「ふははは! こんな面白い仕事ならいつでも受けおうぞ!」


「また頼むよ。それで料金は?」


「ふむ……お主らはエリーの連れのようじゃし、ミスリルの代金だけでよいぞ。金貨100枚じゃ」


「本当にそれだけでいいのか?」


(完全に金銭感覚いかれてるけど、これの価値はこんなもんじゃないな……)


「いいと言っておるじゃろう。気が変わらんうちに早くしたほうがええぞ」


「おっと、わかったよ」


「まいどあり!」


「ありがとな。また来るよ」


「ばいばーい!」


「またな! おっちゃん!」


 一行は最後の準備を整えるため、学園の研究室へと足を向けた。

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