精霊門

 アルベール魔術学園にある、白雷隊の詰め所と化している研究室でメンバーが椅子に座っている。


「え、じゃあ魔人討伐やるのかよ?」


「ギルドでの買い取りまで時間もあるし、放っておくわけにもいかないしな」


「でも魔人って相当強いのよね? 大丈夫なの?」


 エリーが眉を寄せて魔人討伐に疑問を唱える。そしてそれに答える声があがる。


「そう大したことはない。赤竜に毛が生えた程度のものだ」


 全員の目がルシウスの肩にちょこんと座るものへ注がれる。それは見覚えのある黒炎と、中心部に僅かな紅炎を宿す、堕ちた大精霊--そのミニチュアのような存在だった。


「カ……カワイイ」


 アリスの瞳が小さなアグニのようなものを射抜くように見つめている。


「なにこれ……確かに可愛いけど……え? アグニ?」


「えー!? これアグニっちなのー!?」


「これは可愛いですね……」


「なんだよこりゃ……精霊ってこんなんなのか?」


 イザベラですらが気になるようで、色々な角度から小さなアグニを眺めている。


「え、アグニ? 何してんの? てか俺召喚してないよな?」


「我は元大精霊だぞ。この程度造作もない」


 小さな胸を張るように、ルシウスの肩の上でアグニがふんぞり返り、それに女性陣が黄色い声をあげる。


「こ、この! マスコット枠狙いか!?」


 レウスは意味のない嫉妬をしている。


「はぁ……まぁ便利そうだからいいか。それで、魔人は大したことないって?」


「そうだ。何度か戦ったことがあるが、あれが問題になることはないだろう」


「ならさっさと終わらせちゃおうよー」


「それよりオークションの入場は問題無かったか?」


「えぇ。父さんの名前を出したら問題ないって。ただ入場料はかかるみたい」


「いくらだ?」


「金貨1枚よ」


「なら問題はないな」


(金銭感覚がおかしくなってきたな……百万円くらいの価値なんだがな……)


「それで、次のオークションはいつなんだ?」


「一週間後ね」


「ギルドの買い取りも間に合うな。よし、じゃあ魔人討伐でもするとしますかね」


「どうやって探すー?」


「あぁ、いやみんなにはギリギリまで金を集めていて欲しい。どんな魔法具が出ても買えるようにな」


「じゃあまたダンジョンー?」


「そうだな。頼む」


「分かったわ。魔人は問題ないのよね?」


「赤竜程度なら大丈夫だ」


「ルウ君、無茶はしないでね?」


「あぁ、ありがとう」





 ルシウスは夜になって王都の外へ出てきていた。魔人は主に夜に活動するからだ。


「魔人を探せるのか?」


 肩の上でアグニが問いかける。


「おいアグニ、お前ずっとそこにいるのかよ?」


 パシパシとルシウスの頭を叩きながら「何か問題があるのか?」


 アグニを摘まんで顔の前に持ってきて「いや……まぁいいけどさ」


「それで、探せるのか?」


「探せるさ。魔人の魔力は特徴的だったからな」


「そうなのか?」


「そうだ……あれ? なんかアグニと……」


「なんだ?」


「いや、なんか似てるような気がしたんだが……」


「馬鹿を言うな。我とあの人擬きが似てるはずがないだろう」


「それもそうか……まぁとりあえず探してみるよ」


 王都の北の門から出た先で、ルシウスは魔力を練り上げていく。

 そして練り上げた膨大な魔力を薄く広げていく。


「うーん? この範囲にいないとなると……え? なんだ? いきなり現れたぞ?」


「……北東に五キロのところか?」


「あぁ、そうだけど、アグニも魔人の魔力が分かるのか?」


「分からないが……何故あそこから……?」


「なんなんだよ? はっきり言ってくれ」


「あの場所は精霊界へ繋がる門がある。何故そこから突然魔人が現れる……?」


「嫌な予感がする……」


「同感だ。魔人を尾けろ」


「あぁ、わかってる」


 魔力を隠蔽し、ルシウスは小さなアグニを肩に乗せて闇に紛れて森へと入っていった。





「あいつは何をしてる……?」


 現れた場所から魔人はほとんど動いていなかった。何故か周囲の魔物を殺して回っていた。


「魔力を喰っている」


「喰う? そういえばあいつヴァレリアがやってたなそんなこと……」


 木の陰に隠れて魔人の観察を続ける。そしてある程度魔物を殺すと、魔人が現れた地点、精霊界への門がある場所へ戻っていく。


「戻ってきたな……何をする気だ?」


 魔人の立つすぐ側に、光が出現した。そしてその光が段々と広がっていき、魔人を覆う程度の大きさになると膨張を止めた。


「あれは?」


「精霊界へ通じる門だ」


「あれが……」


 魔人が精霊門へ入ると、精霊門は消失した。


「おい、入っていったぞ?」


「魔人が精霊界に……? どういうことだ……」


 しばらくすると、再び精霊門が開いた。そして、そこから現れた魔人の魔力が大きく減っていた。


「俺、すごく嫌な予感がするんだけど」


「その予感は当たっているだろうな。魔人は……精霊界へ魔力を運んでいる」


 精霊界がこの世界を上書きするために必要なものは魔力。しかし、世界が持つ魔力の総量は変わらない。


 つまり、精霊界の魔力で足りない魔力をどこからか補完する必要があるということだ。


「精霊界で不足する魔力をこちらから集めているようだ。更にそうすることで魔力を奪われたこの世界は弱っていく。精霊王にとっては一石二鳥の策だろう」


「まじかよ……じゃあ魔人は精霊王の手先ってことか……」


「あの魔人を殺せ」


「言われなくても」


 ルシウスの魔力が高まっていく。そして静かに魔法名が紡がれた。


雷神トール=の断罪パニッシュメント


 前後左右に現れた雷球を見て、魔人が回避を試みる。しかし既に発動した雷神の断罪から逃れることはできない。数百の雷が迸り、雷の牢獄へ囚われた魔人は、数秒で跡形も残さず消し炭になった。


「強さは大したことないけど、当然こいつだけじゃないよな……」


「……精霊王め……」


「魔力を集めてる魔人を殺せば、魔力が溜まるのが遅くなるんだろ?」


「精霊門は世界中に存在する。目につく周囲だけ対処したところで効果はほとんどないだろう。明らかに手が足りない」


「やっぱり遅らせるのは無理か……」


「そうだ。だがまだ数年はあるはずだ。それまでに終わらせればいい」


「そうだな……」


 二人は精霊門が消えた虚空を見つめ、森の中へと消えていった。


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