消滅
「ここは……?」
ルシウスは闇へと沈んでいた。どこまでも深い闇は、底すら見えない永遠の闇に包まれていた。
「これはあいつの闇の中か……くそ!」
どちらが上かも分からない完全な闇の中でルシウスは考える。この闇から抜け出す方法を。
(出口がどっちかすら分からない……というか出口なんてあるのか?)
ルシウスの瞳には何も映らない。どこまでも続く闇が永遠に広がっているだけだ。
(完全な魔法なんてない。この魔法だって例外ではないはず……)
出口という考えが間違っていると考え始める。ここは闇に浸食された異空間のようなもの。実際出口などというものは存在していなかった。
(闇と対になるのは光……可能性があるとすれば光だ)
ルシウスは闇を抜け出す魔法を考える。闇を照らすのは光だ。しかし、この完全な闇を照らすには生半可な光ではすぐ闇に飲み込まれてしまうだろう。
(一番強い光……そんなの決まってる)
生物が生きていく上で必ず必要なもの。そして、それは前世でも今世でも変わらず存在する。
「ぶっつけだが、やるしかないな」
ルシウスは魔力を高めていく。この闇全てを光で照らす光を生み出すために。それは空に浮かぶ全ての生命の根元に関わる光。
ルシウスの口から魔法名が紡がれた。
『
ルシウスから見て上へ光球が浮き上がる。それは段々と光を増していく。完全な闇を光に塗り替えていく。闇が支配する空間が光に浸食するそれは、闇が浸食する様と似ていた。
「あがれぇえええ!」
更に光球が上がっていき、太陽と見紛う程の光量が闇を完全に浸食した。そして包み込んでいた闇の殻が弾け、現実世界の空をルシウスの瞳が捉えた。
「よしっ! ってうおおっ!?」
「なんだとっ!?」
そして目の前にヴァレリアがいた。ルシウスはすぐに腕に魔力を収束し、ヴァレリアの胸部へと拳を叩き込んだ。
ヴァレリアは突然のことに反応が遅れ、まともに攻撃を受けて木々を薙ぎ倒して吹き飛んでいく。
ルシウスはすぐにガリッと、虎の子の魔力の丸薬を噛み砕く。そして--
『
星の光の状況から、この魔法も今夜はこれで打ち止めだろう。ルシウスは
「人間め! またその魔法か!」
ヴァレリアは無尽蔵の魔力で、先ほどと同様に周囲を闇で飲み込んでいく。
(そんなとこに近寄るわけないだろうが)
そして丸薬の効果で魔力が回復した直後、魔法の効果が消えていく。その直前--
「テメェの力の根元は満月だ。ならその力を断たせてもらう!」
ルシウスの魔力が高まり、闇を抜け出した魔法名を紡ぐ。
『
暴食の闇を打ち破った、この世で最も強い光が打ち上がる。空が真昼のように照らされた。満月の月光は膨大な光にかき消され、大地へは届かない。
「なんだこれは!?」
ヴァレリアが空の光を見上げる。ルシウスはその隙を見逃さなかった。光の残像を残し、ヴァレリアへと一息で迫る。そして--
「終わりだ」
『
昼間を遙かに凌ぐ雷炎が、ルシウスを中心に大爆発を発生させた。ヴァレリアの回避は間に合わない。
雷鳴の如き轟雷が、天に轟く大音量となって辺りを埋め尽くす。
「まだまだぁああ!」
ルシウスは残りの魔力も全て注ぎ込む。更に轟雷が増し、炭化しているヴァレリアを塵へと還していった。
◆
荒野と化した大地に立っているのは、ルシウス一人。ヴァレリアは文字通り灰となって消えた。いくら不死の真祖と言えど、満月の力が及ばない状況でここまで完膚なきまでに破壊されては、再生することは叶わないだろう。
そしてこの瞬間、数百年変わらなかった
「はぁはぁ……もう一歩も動けねぇ……」
そう呟くとルシウスは荒野の大地へと倒れ込んだ。
それを遠くで見ていた人物がいた。
「見たかよ? ダーウィン。あれがルシウスだぜ」
「隣にいたんだから見たに決まってる」
「昼の時よりやばかったですわね」
「っていうかさっきのなんだよ? 昼間みたいになりやがったな」
「恐らくあれで月光を遮ったんだろう。満月の影響の中では殺しきれないと悟ったんだろう」
「んなことは分かってんだよ! そんな魔法見たことねぇって話をしてんだよ!」
「まぁまぁ。早く助けにいったほうがいいのではなくて? イザベラの思い人が倒れてますわよ?」
「だだ誰が思い人だよ!? 殺すぞテメェ!」
「はいはい。先に行ってますわよ」
「あ! ヴァネッサ! 待ちやがれ!」
ダーウィンは頭を掻きながら二人を追って荒野へと丘を下っていく。
◆
時は少し遡る。
ルシウスが酒場を出てしばらく、イザベラがドナドナされたヴァネッサを連れて席へ戻ると、ルシウスの姿がなかった。
イザベラが眉を寄せ「ルシウスは?」とダーウィンへ問う。
ダーウィンはギルドの扉を見やり、「
「あいつ死んでなかったんですの?」
ヴァネッサを押しのけて「待てヴァネッサ。あたしが先だ。ダーウィン、なんでルシウスを一人で行かせた?」
「手伝いはいらないそうだ。まぁその通りだろう。俺たちじゃあいつの邪魔にしかならんだろう」
「そういう問題じゃねぇ! ルシウスでも殺しきれなかったから行ったんだろうが! 何かできたんじゃねぇのか!? テメェそれでもS級か!?」
「あの真祖を相手にか?」
「ボケてんのかテメェ。あいつを黒こげにした後、ルシウスはどうなったよ?」
イザベラの言葉を反芻し、ダーウィンはその時のことを思い返す。
(そうだ。あいつは魔力が僅かとはいえ残っているのに倒れた)
「思いだしたかよ? あの力の反動かなんか知らねぇが、ルシウスは意識をなくしてたんだぞ。 あの化け物を虫の息にしても、ルシウスが同じことになったらどうすんだよ!?」
イザベラの言う通りだった。戦闘では確かに役に立たないだろう。しかし、死にぞこなった真祖の
「すぐに追う」
「急ぐぞ! ダーウィン! ヴァネッサ!」
「私もですの!?」
「当たり前だ! 誰に命を助けられたんだテメェは!」
「もうっ……! 分かりましたわよ!」
◆
ルシウスの周辺には、黒こげになった真祖の欠片も残ってはいなかった。
「今度は完全にあいつの欠片も残ってねぇな」
「あぁ。さすがに真祖といえど、再生はできないだろう」
「……ここの魔力濃度、頭おかしいですわ。残留魔力で意識が飛びそうですの……」
「そりゃ同感だ。さっさとルシウス連れて戻るぞ」
「そうだな」
ダーウィンがルシウスを肩へ担ぎ、王都へと向かう。幸か不幸か、ここ一帯の森は全て薙ぎ払われ、荒野となっていたため、王都までの道を遮るものは何も無かった。
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