暴食の闇

 ルシウスは削る戦法へと切り替えた。昼間のように一撃で再生できない程のダメージを与えることが有効なことは分かっていたが、満月の庇護を得た真祖をそれで滅することができるか分からなかったからだ。


 もし倒すことができなければ、その後にルシウスが戦う力は残っていないだろう。

 そしてルシウスを殺した後にヴァレリアが向かうのは間違いなく王都。大勢の人間がヴァレリアに喰われることになる。


 故に、再生能力を上回る速度で削りきることを選択したのだ。


破滅の紅炎ルインフレア!』


 ヴァレリア周囲に、死角なく濃密な紅炎が形成されていく。そして、中心へと向かって爆発が連鎖する。

 一つ一つが小さい代わりに、濃縮された魔力が絶大な威力を発揮する。


 しかしそれも真祖の体中に浅い傷を作り、一瞬の隙を作るにとどまっていた。


(これでいい。このまま削りきる!)


 ルシウスは魔法を続けて放つ。


雷神トール=の断罪パニッシュメント


 ヴァレリアの前後左右に雷球が出現した。それはバチバチと白雷を波打たせ--互いに向かって迸った。

 数十発の稲妻が、同時に間近に落ちたような轟音と衝撃が響きわたる。発光し続ける雷神の断罪によってヴァレリアの姿は見えない。


「これで軽傷だったら、いよいよまずいぞ……頼むぞ……」


 ルシウスの祈りも虚しく、稲妻が消えた後に見たのは、黒焦げになっている皮膚の再生が始まっているヴァレリアの姿だった。


「マジかよ……」


 ヴァレリアから闇が伸びる。後方へ離脱するルシウスだが、満月の夜に真祖が操る闇に射程距離などないに等しい。


「くそ!」


 腕へと雷炎を収束し、それを砲身に見立てて加速した拳で迎撃する。爆裂するような音と共に、闇が弾かれてヴァレリアへと戻っていく。


(いちいちこんなの迎撃してられないぞ……)


 ルシウスの選択した削りに限界が見えはじめていた。減り続ける魔力に対して、ヴァレリアが負うダメージが明らかに釣り合っていない。

 このままでは、ルシウスの魔力が先に尽きるのは明白だった。


 ルシウスはヴァレリアから伸びる闇を迎撃しながら、ガリッと魔力の丸薬を噛み砕く。ルシウス特製のこの丸薬は作るのにかなりの魔力と時間を消費する。

 訓練の合間などに少しずつ作ってはいたのだが、既にここまでで二個使用している。まだ五つはあるのだが、その内四つはここには持ってきていない。


(あと一つか……こんなことなら全部持ち歩くんだったな……)


 ルシウスの体内魔力が丸薬によって、活性化する。三割程まで減っていた魔力がじわじわと回復していく。


(とりあえずは回復するまでの時間稼ぎだな)


 半球上の全天から、無数の闇がルシウスを襲う。その一つ一つが、膨大な魔力が凝縮された必殺のそれだ。


 縦横無尽に、光の尾を引きながら闇を回避する。しかし射程に限界のない闇に、捕まりそうになる度に雷炎を纏った拳で迎撃する。


(これじゃ回復が追いつかない……仕方ない)


航海を導くナヴィガトリア=星の乖離ディソシエーション


 ルシウスがカズィクル=ベイにも使った認識阻害魔法だ。この魔法は非常に有用な効果の反面、使用の制限が強い。星が見えている夜にしか使うことができず、星の力を利用するため、基本的に一夜の間に一度しか使えない。

 ただし今夜は満月。星の光が強まる夜で、何とかもう一度は使えそうだ、とルシウスは考える。


(よし。これでなんとか回復の時間は稼げる)


 ルシウスはカズィクル=ベイで学んだ全方位攻撃を受けないように、ヴァレリアから離れて木の影に隠れる。


 ヴァレリアは満月によって、無尽蔵に回復する魔力で、認識できないならばと、全方位を無作為に闇で喰らっている。

 闇の触手が触れた森も、大地も、悉くが闇へと消えていく。


 認識阻害が切れるまでの間に、かなりの広範囲の森が荒野へと変貌していた。


(無茶苦茶しやがって……)


 魔力が減る以上に回復するなど、悪い冗談でしかない。ルシウスは、このままでは自分が勝てないことを悟っていた。しかし、決定的な手がない。

 どれだけ強力な攻撃も今のヴァレリアを仕留められるとは言い切れなかったからだ。


「そこにいたか」


愚者のフール=インベ浸食イジョン


 ルシウスの周囲から人型の闇が這いだした。


「くっ! なんだよこれ!」


 光の尾を引いてルシウスが死地から避難する。しかし、その先には暴食の闇が待ち受けていた。


「しまっ……!」


 既に改竄を使う余裕もないタイミングであり、ルシウスは暴食の闇に飲み込まれて姿を消した。

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