白骨死体を持ち帰りたいと言うフィリップをなんとか説得し、アイリーンたちは帰途についた。遺跡に長居をしていては帰るのが夜になってしまう。夜になると道が凍って危険だと教えられていたので、それまでに帰りたかったのだ。


 アメリの棺の鍵はあけられていて、ルビーだけが持ち去られていた。不思議だったのは、ルビー以外に収められていた宝石類はそのままだったことだ。墓荒らしの物取りの犯行ならば、金目のものはすべて奪い取って行ったはずである。


 アメリの墓が暴かれていたからなのか、先ほどから小虎は元気がない。まだ子供の姿のままで、アイリーンの膝の上に座って、しがみつくようにアイリーンに抱きついたまま微動だにしなかった。


「これは少し予想が外れたな。ダニーに相談しよう」


 バーランドが馬車の窓から外の雪の具合を確認しながら言う。途中から降りだした雪が本降りになっていた。視界が悪いからか、馬車の速度もゆっくりだ。


「これが物取りの犯行でないなら、ルビーの捜索が厄介ね」


 マディアスが考え込むようにうつむいているフィリップにあきれながら答える。フィリップはよほどあの白骨死体が気になるようで、馬車に乗り込んでからは話しかけても全くの無反応で、ずっとぶつぶつと独り言をつぶやいていた。何かに没頭しているときによくある彼の行動の一つらしく、マディアスが今は何を言っても耳に入らないから放っておきましょうと言う。


「もし物取りの犯行でないならば、ルビーはどうやって探せばいいんでしょうか」


 アイリーンが小虎の柔らかい白髪を撫でながら言えば、バーランドが唸った。


「……そもそも、物取りでないならば、どうしてルビーを持ち去ったのか。それがわからなければ探しようがない」

「そうですよね……」


 ルビーを持ち出した人間が、ルビーに闇の力が込められていることを知っているとは考えにくい。なぜならばそれについてはまともな情報は残っておらず、アイリーンたちですらユーグラシルに教えられて知った情報だからだ。個人で調べてたどり着くことができる情報ではない。


「あの白骨化していた男の死体は関係あるのかしら?」


 マディアスがぽつんとつぶやいた時、それまで考え事に没頭していたフィリップが顔をあげた。


「離宮に行こう」

「……はい?」

「だから、離宮だ。あの王家の紋章の入った服は簡単に持ち出せるものではない。順当に考えると、離宮が一番怪しい。ニコラスが一年前から静養に来ていたのだから、その持ち物であると考えるのが一番しっくりくる」

「つまり、ニコラス殿下の私物を誰かが持ち出した?」

「その可能性が高い。だが理由がわからない。もしかしたら泥棒に入られたのかもしれないし、使用人の誰かが盗んだのかもしれない。もし使用人の誰かならば、昨年に姿を消した人間がいるはずだ。とにかく、離宮の管理人に話が聞きたい」

「やけにあの死体にこだわるのね」

「胸騒ぎがする」

「胸騒ぎ?」

「うん。……何か大事なものを見落としているような、そんな嫌な胸騒ぎだ」


 マディアスががしがしと頭をかいた。


「あー……、フィルのその勘って、結構当たるのよね」


 何かの研究をしているときに、彼がそう言うと大抵当たる。これは研究とは違うけれど、フィリップの勘がそう言っているのならば、何かがあるのかもしれないとマディアスは嘆息した。


「でも、この時間から離宮には回れないわよ。それにダニーたちが向かったじゃない。鉢合わせるのはいろいろまずいわ。フィルの顔を見て気づかれる可能性も高いし。今日のところはいったん帰るわよ。それからダニーに相談よ」

「……わかった」


 フィリップは渋々頷くと、また考え込むように俯いた。ぶつぶつ独り言がはじまったので、考えに没頭しているのだろう。そっとしておくことにする。


「小虎、眠くなった?」

「……ううん」


 小虎が小さく首を振ったが、うとうとしているのは明らかだった。思いつめたような顔をしていたから、眠れるなら少し眠った方がいい。アイリーンは小虎を抱えなおして、ぽんぽんと背中を叩く。するとややして、彼はこくりこくりと舟をこぎはじめた。アイリーンが座席に寝かせてやろうとしたとき、彼の姿が小さな虎の姿に変わる。

 くぴくぴと寝息を立てる小虎を座席に下ろして、アイリーンはもふもふの毛をそっと撫でる。


(大好きな人の棺が暴かれていたんだもの……つらいわよね)


 千年前、自らを犠牲にして世界を救おうとした聖女アメリ。……もし、アイリーンが同じ立場だったら、どうしただろう。

 僕をおいて行かないで、という小虎の叫び声が脳裏に響いたような気がして、アイリーンはそっと目を閉じた。

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