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 王立大学から出た途端に強い日差しに照りつけられて、ダニーは不快さとまぶしさの両方から目を細めた。


 普段研究室に籠って研究をしていることの多いダニーである。エイダー卿の養子になったあと、借りていた小さな家はエイダー卿がうるさいので解約したが、王都にある養父の邸には月に一、二度帰る程度で、いつもは研究室で寝泊まりしている。


 そのため、日差しを浴びることの少ないダニーにとって、残暑の厳しいこの時期の太陽光はまるで刃物のように鋭く感じた。


(まったく、面倒くさいな……)


 ダニーがわざわざ研究室から出たのには訳がある。養父に呼び出されたからだ。


 重要な話があると遣いがよこされて、近いうちに邸に帰って来いと命じられた。


 ダニーはもともと権力には興味がない。エイダー卿が養子に迎えたいと言ってきたときも最初は断っていた。だが、大学の研究者は賃金が安く、大学で許されている研究以外――ダニーにとっては聖獣の研究だ――を続けるには金もかかる。「こんないい話はそうそうないぞ」と同僚に背中を押されたこともあって、最終的に養子になることを承諾したが――、最近、ひどく後悔しているのは、養父であるエイダー卿が自分と聖女であるアイリーンとをくっつけようと躍起になっているせいだった。


 どこをどう考えてしがない大学の研究員と貴族のご令嬢の間に縁談を持たせようとするのか、ダニーにはさっぱりわからない。


 エイダー卿曰く、ダニーの髪が白くふわふわしているからだそうだが――、余計にわけがわからなくなって、以来真面目に話を聞いていなかった。


(白とふわふわが重要なんだって言われてもな……)


 そんなに白くてふわふわしたものがほしいなら、適当な手芸屋で綿でも買って帰ってカツラでも何でも作ればいいのに。


 今日の呼び出しも、どうせアイリーンとの仲がどうとかの話なのだろうと思うと頭が痛くなってくる。


 アイリーンのことは、貴族の令嬢らしからぬどこか変わった娘だとは思うが、ダニーには研究対象である聖獣がそばにいること以外の価値はない。


 彼女のそばにおまけのようにくっついているキャロラインとか言う娘があまりに鬱陶しくて、聖獣である小虎に用がないときは極力あの家には向かいたくなかった。どうして自分の邸でないコンラード家に頻繁に出没するのか、理解できない。


(ドレスや宝石にしか興味のない貴族の女たちもどうかと思うが、あれはあれでおかしいだろう)


 キャロラインは、どうやらダニーの髪の毛がお気に入りらしい。ダニーのことをわざと「バニー」と呼ぶ無礼者は、いつもうずうずした目をダニーの髪の毛に向けていた。


 そう――、先日もそうだ。アイリーンが城に出向いていることを知らなかったダニーが、小虎の様子を見にコンラード家を訪れたとき、なぜかキャロラインがそこにいて、小さなボールを使って小虎と戯れていた。


 ダニーを見た途端に「バニー、今日もふわふわね。小虎とどっちがふわふわかしら?」などと失礼なことを――


 ダニーはそこまで思い出して、ふと足を止めた。


 左右に、等間隔に銀杏が植えられている大学構内の道を抜ければ、大学の玄関口があり、エイダー卿の遣いがの馬車が待っている。あまり待たせると、エイダー卿がうるさいのはわかっている。だが、ダニーは口元をおさえて立ち尽くした。


(……あの顔)


 小虎に会いに行った先日、コンラード家には今までいなかった男が一人いた。


 鮮やかな金髪にエメラルドのようなきれいな緑色の瞳をした、背の高い男。


 ちらりと見かけただけだったが、どこかで見た顔だと思ったのだ。が、聞けばアイリーンの兄であるオルフェウスが、街で行き倒れていたところを拾って帰ったと言うし、研究者で旅をしていると言うから、気のせいだろうと忘れかけていたのであるが。


 気のせいかもしれない。


 なぜならあの頃のダニーはまだ幼く、記憶もおぼろげな部分がたくさんあるのだから。


 ただ、似た特徴を持っていただけなのかもしれないけれど。


(だが、もしも本当にそうだとしたら――)


 ダニーの心の中に言いようのない不安が膨れ上がる。


 次の瞬間、ダニーは走り出して、高い塀の向こうで待っていた馬車の御者に、エイダー卿の邸ではなくコンラード家に向かってくれと告げた。

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