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 バーランド様が連れてきた女性は、王都で合流するはずだった「主」さんに似た特徴のフィルさんがわたしの邸にいると聞いて愕然と目を見開いた。


 すぐに確かめたいと言う彼女を連れて、わたしとメイナード、そしてバーランド様がコンラード家に向かうと、玄関先でばったりとダニーに出くわした。


「こんにちは、ダニーさん。小虎に会いに来られたんですか?」


 腕にだっこしていた小虎を差し出したんだけど、ダニーさんは少し強張った顔で首を横に振った。


 そして、わたしのうしろ、バーランド様と一緒にいた女性を見て目を見開く。


「マディアス……!」


 ダニーさんが驚愕とともにつぶやいた言葉に、バーランド様の隣で、女性が息を呑む音が聞こえた。






 玄関先に立ち尽くしているのも目立つので、わたしたちはひとまずコンラード家のメインダイニングに移動した。


 家にはオルフェウスお兄様がいて、遣いをやって先に事情を知らせておいたので、すぐにフィルさんを呼んできてくれる。


 フィルさんはバーランド様の隣に座る女性を見て瞠目し、女性は立ち上がったけれども、二人が言葉を交わすよりも早くに、ダニーさんが大きなため息とともに言った。


「やっぱり……。どうしてあなたがランバース国に? フィリップ殿下」


 ダニーさんの言葉に、フィルさんと女性が弾かれたようにダニーさんを見る。


 女性の方は警戒したような様子だったけれど、フィルさんの方は違った。ダニーさんの顔を見ると、ややして、徐々に目を見開いた。


「お前まさか……、ナタージャ侯爵のところの……」


「覚えていていただいて光栄です。ダニー・ナタージャです。……もと、ですけど」


 ダニーさんとフィルさんのやり取りに、わたしたちは驚いた。ダニーさんがグーデルベルグ出身だというのは以前聞いていたけれど――、ダニーさん、貴族の出だったの⁉


 ダニーさんのお母様はダニーさんのお父様と別れてランバースに戻ってきたと言っていたけれど、他人の事情に深入りするのはよくないのであまり詳しいことは聞いていなかった。


 ダニーさんはわたしやメイナードたちに視線を向けて、苦笑した。


「別に隠していたわけではありませんが、結果的に驚かせるような形になってすみません。母はこの国の平民の出でしたが、幼少のころより旅芸人をしていて、グーデルベルグで父に見初められて結婚したそうです。父はグーデルベルグの貴族で、結婚は反対されましたが押し通したと聞かされましたが、お話しした通り、二人は俺が十歳の時に別れて、俺は母とともにこの国へ」


 ダニーさんはそこまで語ると、再び視線をフィルさんへ戻した。


「俺のことよりも、どうして殿下、そしてマディアスがここにいるのかを教えていただきたい」


 ダニーさんはフィルさんと女性を交互に見て、やや険しい表情をしていた。


 というか、ダニーさん、フィルさんのことを殿下って呼んだわよね? フィリップ殿下? ダニーさんたちの話に口を挟まない方がいいだろうから、みんな黙って聞いているけれど、わたしを含めて、内心穏やかではない。


 ただの旅をしている研究者が「殿下」なはずはない。殿下と言う継承は、ある一定の身分以上でないと使われない。それはすなわち――


「グーデルベルグの第二王子とその乳兄弟が、気軽に訪れるような地ではないはずですが?」


 わたしたちは息を呑んだ。


 グーデルベルグの第二王子。現王妃様の息子であり、国賓としていらしているダリウス殿下の異母兄君。


 驚くわたしたちに、フィルさんは――いえ、フィリップ殿下は困ったような顔してから口を開いた。


「……まさかお前がいるとは思わなかった」


「俺もまさかこんなところで殿下と再会するとは思いませんでしたよ」


「いろいろと事情があったんだ。マディアスも見つかったことだし、聖獣もいる。それについてはこれから話すが、その前に――」


 フィルさんはバーランド様の隣に座っている女性に視線を向けてから、大きなため息をついた。


「気持ち悪いから、格好を整えてくれないか、マディアス」


 声をかけられて女性は、薄く笑った。


「あらぁ、気に入っていたんだけど、この格好」


 弧の形に持ち上げられた口から飛び出してきた声は低く男の人のもので――、わたしたちは再び愕然と目を見開いた。

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