19

 返り血で、自慢のもふもふした白い毛を赤く染めてしまった小虎は、邸に戻るなり、その姿を見て悲鳴を上げたアイリーンによって洗われた。


 この場にアイリーンをとどめておくことはよろしくないと判断したバーランドは、小虎の汚れを落としたあと、公爵家の馬車を使ってアイリーンを城へと送り届ける。


 庭の男たちは八人のうち五人が命を落としていたが、三人にはまだ息があった。遺体を含めて彼らはすぐに城へ送ることにした。第二騎士団長に早馬で連絡を取っておいたから、城についたらすぐに対応してくれるだろう。


 バーランドは顔をあらって服を着替えると、同じく血だらけの服を着替えた女と向きなおった。


 女は着替えを持っていなかったから、キャロラインの持っているドレスを渡したが、彼女は受け取った瞬間に妙に戸惑った顔をした。きっと背丈が違うため、足が余ってしまうからだろうが、彼女ほどの長身にあうドレスは残念ながらジェネール公爵家にはおいていないのだから諦めてもらうしかない。


「それで、いったいどういうことなんだろうか?」


 アイリーンたちがいなくなったサロンで、バーランドは女に向きなおる。


 騎士団長には女のことも伝えておいたので、騎士団からも誰かがやってくるだろうが、その前に聞き出せるところは聞きだしてしまいたかった。


 だが、女が逃げなかったので少し安心していたバーランドだったが、バーランドの問いに、女は眉を寄せて黙り込んでしまった。


 キャロラインの趣味の、レースやリボンたっぷりの黄色のドレスは、正直言って目の前の女には似あっていなかった。


 背が高いせいか肩幅も広いので、比較的ゆったりしたものを使用人に選ばせたのだが、彼女は女性特有の柔らかい曲線というのか、そう言うものがあまり感じられない。先ほど着ていたようなズボン姿の方が似合っている。


 彼女が難しい顔で黙り込んでしまったので、バーランドはいささか緊張した。


 彼女から剣は取り上げたが、先ほどの身のこなしを思い出す限り、油断はするべきではない。


 逃げるようなそぶりは見せてはいないが、こちらの隙をついて――ということは充分に考えられた。


「先ほどの男たちは相当な手練れだと見受けられたけれど、そんな男たちに追われている君は何者なのかな?」


 女は視線を落として、薄い唇を舐めると、首を横に振った。


「私の口からは申し上げられませんわ」


「私の口からは、というと、ほかに仲間がいるのかな?」


「それも申し上げられません」


「では質問を変えよう。君はどうしてこの国へ? 見たところ、ほかの国の人のようだ」


「……そちらも、申し上げられません」


 バーランドは天井を仰いで息を吐いた。


「我が家の庭を台無しにしてくれたんだ、僕は君に損害を請求できるし、さらに僕はこの国の騎士団の人間でね。不審者を捕えることも尋問することも可能なわけなんだが――、さて、どうしようか?」


 正直、女性相手にこういった脅しはしたくない。


 だが、何を訊いても喋らないのであれば仕方がなかった。


 バーランドは本日、メイナードから聖女であるアイリーンを守る役目を与えられている。アイリーンは関係のない事柄かもしれないが、彼女のいるときに不審者が現れ、なおかつ同じく不審者とはいえ死人まで出ているのだ。喋れないなら仕方ないで開放することは毛頭できない。


 だが、バーランドは彼女が危険人物であるとはどうしても思えなかった。もちろん不審人物として警戒はしている。しかし、聖女を守る聖獣である小虎が彼女に加勢したのだ。少なくとも聖女に害をなす人物ではないのだろう。


 となると、ますます疑問でもある。


 小虎が加勢した彼女はいったい何者で、どうして襲われたのか。


 沈黙の落ちる室内で、バーランドの脅しにも顔色一つ変えなかった彼女が、やがてゆっくりと口を開いた。


「一つ教えてください。先ほどの獣――あれは、聖獣ではないですか?」


 こちらの質問には一切答えようとしない女からの逆の質問に、バーランドは答えに迷った。

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