14

 王都に戻ってすぐ、ダニーさんに連絡を取ったら、彼はすぐにやってきた。


 コンラード家のサロンにはわたしとオルフェウスお兄様、バーランド様とキャロライン、そして、今回特別に邸に入ることを許されたメイナードがいる。


 小虎はあれ以来小さいままで、一度も大きくならなかった。その小虎は今、わたしの膝の上ですよすよと眠っている。


 ダニーさんはわたしから話を聞いたあと、じっと小虎を見つめて、それからこう判じた。


「聖獣ですね」


「「「聖獣?」」」


 ダニーさん以外のわたしたち五人の声が見事に重なった。


 何それ? っていうのが素直な感想よ。そんな名前の動物は知らないわ。


「バニー、聖獣って?」


「ダニーです」


 いい加減覚えろよって言いたそうな目でキャロラインを見たあと、ダニーさんはわたしに視線を向ける。


「俺は生物学の研究をしていますが、本当の専門は少し違うんです。俺の研究分野は、伝説上の動物――すなわち、あなたの膝の上にいる小虎のような存在です。生きているうちにこの目で見ることができるとは思わなかった。もう三百年以上、その存在は発見されていませんでしたから。すみません、触ってもいいですか?」


 ダニーさんのつぶらな瞳がキラキラと輝いているように見える。


 聖獣とか伝説とかよくわからないことだらけだけど、触りたいなら別にかまわないわよ? 小虎、ダニーさんに撫でられるの平気みたいだし。


 わたしは小虎を抱きかかえてダニーさんに手渡した。眠っていた小虎は目を開いてきょとんとしたけど、ダニーさんにだっこされるとおとなしくなってまたうとうとしはじめる。


「大きくなった姿も見て見たいですね」


 小虎をなでなでしながらダニーさんが言う。


「あの日以来大きくならないので、どうすれば大きくなるのかわからないんです」


「小虎が大きくなった日、アイリーン嬢は危険にさらされたと言っていましたね?」


「はい」


 あの日、メイナードとわたしを襲った男たちがいったい何者なのかはわからないまま。わたしを連れ去ろうとしていたみたいだから、聖女を狙った人たちだと思う。


「聖獣についての文献が残っているのはグーデルベルグ国ですが――、かの国の文献によれば、聖獣は聖女を守るために存在するそうです」


 グーデルベルグ国は、ランバース国から少し離れたところにある大国よ。


「どうしてグーデルベルグ国に聖女と聖獣に関する文献が存在するんだ」


 メイナードは怪訝そうな顔をした。


 聖女は、大陸でランバース国にだけ現れる。だからほかの国はランバース国の聖女を欲しがるらしいのに、どうして聖女が現れないグーデルベルグ国に聖女に関する記述があるのか、確かに気になるところよね。


「聖女はそもそもグーデルベルグ国――いえ、千二百年ほど前にグーデルベルグ国を中心に栄えた大国、リアース聖国に存在していた存在だからです」


 ダニーさんはしれっと答えたけど、わたしたちは飛び上がらんばかりに驚いた。


「ちょっと待て! 聖女は八百年前の戦争のときにあらわれたと――」


「それはこの国の伝承でしょう? 確かにグーデルベルグの文献も断片的なものしか残っていないようで、詳しいことまではわかりません。でも、俺が調べた限り、聖女が最初に誕生したのは、滅亡したリアース聖国であると考えていいと思いますよ」


「……どうしてお前はそんなことを知っているんだ?」


「俺、グーデルベルグの出身なんで」


「そうなんですか⁉」


 孤児院じゃなかったの?


 ダニーさんは小さく笑った。


「母がこの国の出身の人で、俺が幼いころに父と別れた母とともにランバース国に来たんです。しばらくして母が亡くなったので、俺は孤児院に」


 ダニーさんは、王立大学で祖国のことを調べていたときに聖獣と聖女について書かれているグーデルベルグの文献を見つけたんだって。以来聖獣に魅せられてずっと研究を続けてきたそうよ。


「聖獣は聖女のそばに必ずしも現れるわけではないようだったので、半信半疑ではあったんですが――、どうやらあなたは、聖獣に選ばれたみたいですね」


 ダニーさんがわたしに小虎を返してくれた。


 小虎、あなたそんなにすごい生き物だったの?


「聖獣は聖女を守るそうです。また、聖獣の存在は聖女の力を安定させるともありました。あなたの癒しの力が強くなったのなら、それは小虎の影響かもしれませんね」


 へー、小虎、あなたってすごいのね!


 黙って話を聞いていたオルフェウスお兄様が、わたしの腕の中の小虎の頭を撫でながら、ぼそりと言った。


「……するともしかして、殿下は小虎に敵認識されているじゃねーの?」


 あ。


 わたしたち全員の視線がメイナードに向かう。


 メイナードは目を見開いてから、頭を抱えて叫んだ。


「あんまりだ‼」

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