21
邸に帰ったときには、すっかり夜になっていた。
「お嬢様!」
邸の前に馬車が到着するなり、玄関から走ってきたセルマがわたしをぎゅーっと抱きしめて、「あれほど行動にはお気をつけくださいと言ったでしょう!」と叱り飛ばす。
セルマにもすごく心配をかけちゃったから、わたしは一切反論せずにごめんなさいと謝った。
遅れてやってきたファーマンとロバート様がわたしを見てホッとした表情を浮かべるも、視線があうとなぜか二人そろって気まずそうにそらしてしまって、小さく首をひねる。もしかして、教会でわたしが攫われたことに責任を感じているのかしら? わたしの不注意でもあったんだし、気にすることないのに。
「ファーマン、ロバート様も、心配かけてごめんなさい」
「いや……、君が無事でよかったよ」
小さく笑うロバート様、やっぱりちょっと変。
そばを離れて申し訳なかったと言うファーマンに至っては、なんだか顔色が悪い気がするわ。
わたしが不思議がっていると、メイナードがわたしの背中に手を添えた。メイナード、半径三歩の距離、平然とつめてきたわね。
「ほら、ここで立ち話もなんだし、おなかすいているだろう?」
「食事の準備はできております。お嬢様、先に着替えましょう」
メイナードに文句を言う暇もなく、セルマがぐいぐいとわたしを引っ張った。ドレスは埃まみれだし、髪もぼさぼさだし、確かに早く着替えた方がよさそうね。
そのあとは、メイナードもバーランド様も一緒に夕食を取ることになって、どうしてか妙に張り詰めた空気の中で食事を取った。
メイナードってばファーマンを目の敵にしているみたいだし、空気がぎすぎすするのは仕方がないかもしれないけど、食事の時くらいにこやかにしようよー。
ファーマンも黙ったままだし、わたしと目を合わせてくれないし、メイナードはわたしと目があえば微笑んでくれるけど、ファーマンやロバート様を見る目は冷たい。もしかして、今回のことで二人を責めているの? やめてよ、わたしが悪かったんだってば。
カチャカチャと食器の音だけが妙に響く気まずい夕食を終えて、わたしが今回のことを訊こうとすると、メイナードは明日にしようと言う。それから、メイナードもバーランド様も、今日はここに泊まるって言うの。びっくりしていると、セルマも「それがよろしいですわね」なんて言っているし。
ちょっとセルマ! バーランド様はともかくとして、あなたメイナードのことよく思っていなかったわよね? どうしてそんなに歓迎ムードなわけ?
それから、お嬢様は疲れているんですから早く休みましょうね――なんて言われて自室に押し込まれてしまって、もう頭の中が「?」状態です!
お風呂に入って、服を着替えて、セルマに無理やりベッドに横にされて「お休みなさいませ」なんて言われるけど、全然眠くありません!
疲れているのは確かだけど、いろいろありすぎて混乱しているのか興奮しているのか、眠れる気がしない。
それに――、なんだかわたし、のけ者にされているみたい。
メイナードは明日きちんと説明するよって言ったけど、さっきは帰ったら説明してくれるって言ったじゃない、嘘つき。まあ「帰ってすぐ」とは言わなかったけどさ。
もやもやするから、子供みたいにごろごろとベッドの上を転がってみますよ?
両手を万歳させて、ごろごろとベッドの端から端までを転がって、また転がって、転がって……、しばらくごろごろしていたら、突然、コンコンと部屋の扉が叩かれて、驚いたわたしは危うくベッドの下に転げ落ちるところだった。
「アイリーン、もう眠っちゃった?」
この声はメイナードだ。
わたしは慌てて、転がりまくったせいで乱れた夜着を整えると、ベッドにもぐりこんで、いかにもおとなしく眠ろうとしていましたという体制になってから、メイナードに入っていいと声をかける。
部屋に入ってきたメイナードは、ランプに火をつけると、わたしのそばまで歩いてきた。部屋の扉を開けたままにしているのは、たぶんわたしを安心させるためなんだろうな。
「ごめんね、起こしちゃった?」
わたしが首を横に振ると、メイナードはベッドの淵に腰を下ろした。
「今日は怖かっただろう? ……眠れる?」
そっか、メイナードってば、わたしが寝付けないかもしれないと思って様子を見に来たんだ。
ある意味正解だけど、恐怖で寝付けないんじゃなくて、いろいろもやもやして寝付けなかったんですよ。
「殿下、また三歩以内です」
「あとで殴っていいよ」
「………」
あんた、殴られれば三歩の距離を詰めていいって思ってない?
わたしがじっとりと睨みつけると、メイナードは困ったように笑う。あ、図星でしょ。あんまり調子に乗ってると、グーで殴るよ。右ストレートですよ。顔面に拳をめり込ませてやるんだから。
「殿下、今日のこと、聖女のこと、やっぱり早く知りたいです」
どうせ眠れないし。
「聞いたら、余計眠れなくなるかもしれないよ?」
「聞かない方がもやもやして眠れないです」
メイナードは少し考え込んだけれど、仕方がないねと笑って、静かに口を開いた。
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