17
「どういうことだ!」
あのあと、アイリーンがいないことをロバートに報告し、教会内を総出で探し回ったが、アイリーンを見つけることはできなかった。
そして、マーガレットの花束が教会の裏庭に落ちていたと報告が上がり、何者かに連れ攫われた可能性が浮上して、ファーマンは急ぎコンラード家に戻ったのだが、そこにはなぜかメイナードと、第二騎士団の副隊長であるバーランド・ジェネールがいて、事情をきいたメイナードによって、ファーマンは襟を締め上げられた。
「殿下、落ち着いてください」
一緒にコンラード家にやってきたロバートが間に入って、ファーマンからメイナードを引き離すが、メイナードの視線は鋭いままだ。
「火事が起こって慌てていたのはわかるが、お前が一番優先すべきはアイリーンじゃないのか!」
メイナードに怒鳴られて、ファーマンは反論もできなかった。その通りだからだ。
アイリーンの侍女であるセルマは真っ青な顔をして茫然としている。
「心当たりは?」
バーランドがメイナードの肩に手をおきながら静かに問いかけた。だが、その表情は険しく、彼が相当怒っていることを表している。
「それは……」
ファーマンはちらりとロバートに視線を投げた。
ロバートは肩をすくめた。
「こうなって黙っているわけにもいきませんね。心当たりはあるにはあります」
あまり言いたくないんですけどね――、そう前置きして、ロバートは口を開いた。
ファーマンが毎日のように教会に出入りしていたのにはわけがある。
教会関係者の中に怪しい動きをしているものがあると、秘密裏にロバートに報告が上がり、上からの命令でそれを調べるために駆り出されていた。
本来、ファーマンはしばらくの間アイリーンの護衛に専念するはずだったのだが、聖騎士を派遣すると怪しまれると危惧したロバートが、聖女の護衛としてこの地へやってきたファーマンに目をつけたのだ。
ファーマンは聖騎士となって長いし、今までだって教会の命令を受けて様々な仕事をこなしてきた。下手に新たな聖騎士を呼びつけるよりもよっぽど使えて、なおかつ、もともと任務でこの地へ来ていたのだから、うろうろしていてもさほど怪しまれない。こんな都合のいい人材はほかにないと言うわけだ。
この二週間ほどの調査で、怪しい人物はある程度絞り込めたが、何を目的にしているのかまではまだわかっていなかった。
聖女が狙われる可能性も考えられなくはなかったが、国内で聖女を攫ったところで、メリットがあるはずもない。聖女を連れ去ったとして重い罪に問われるだろうし、隠そうとしたところで、聖女がいったい何であるのか、その事情を知るもの以外の者たちにとって、聖女の価値は「聖女を妻にした」という付加価値のみ。家の中に隠したところでまったく意味を持たないのだ。
危険を冒して手に入れたところで何にも役に立たないのだから、わざわざ連れ去る必要はない。聖女を妻に迎えたいのであれば、むしろこそこそせず、正々堂々求婚するのが一番いい。だから、アイリーンが狙われる可能性は低いと踏んでいた。
もちろん、安心しきっていたわけではない。
権力に固執するものはあの手この手でアイリーンを手に入れようともくろむだろう。連れ攫われる可能性までは考えていなかったが、何らかの方法で接触を図ってくることはあるかもしれないとは思っていた。
だが、何が目的であるのかわからない以上、決めつけて行動するわけにもいかず、様子見のためにしばらく泳がせていたのだ。
「今回のバザーの警護はどうなっていた」
「そこはきちんと行っていましたよ。教会の敷地内に誰が入ったのかも管理していましたし……、『彼』が入ってきたという報告はありませんでした」
「ではなぜアイリーンはいなくなった」
「……誰か別の人間の仕業か、手引きした者がいるとしか考えられませんね」
「もういい!」
メイナードは立ち上がると、急いで部屋を出て行こうとする。それを止めたのは、バーランドだった。
「待て! まさか乗り込む気か」
「当り前だ!」
「あほか! いきなり王子が乗り込んで、もしも違ってみろ! ただでさえお前は今回の聖女選定のことでいろいろ不利なんだぞ、これ以上――」
「私よりアイリーンだ」
「ああ、もう! だから、とにかく落ち着け!」
バーランドは無理やりメイナードを椅子に座らせると、ロバートをじろりと睨みつけた。
「もちろん聖騎士は動くんだろうな」
「……、この段階ではまだ、動かすわけにはいきませんね」
「ふざけるな! 誰の責任だと――」
「私が動きます」
バーランドがロバートを怒鳴りつけようとしたその時、ファーマンが静かに口を挟んだ。
部屋にいたものの視線がすべてファーマンに集まる中、彼は続ける。
「アイリーン様が連れ攫われたのは、そばを離れた私の責任です。私が動きます」
「却下だな」
バーランドは冷ややかな視線をファーマンへ注いだ。
「悪いがお前は信用できない。ファーマン・アードラー……、教会の――教皇の『犬』」
ファーマンは息を飲んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます