16
孤児院の火災はそれほどひどいものではなく、出荷もとであろうキッチンのあたりが燃えただけだったが、火を消し終わったあとも片付けなどで忙しく、ファーマンが一息付けたのはしばらく経ってからのことだった。
「アードラー君、もうここはいいから、アイリーンのもとに戻ってあげなさい」
ロバートにそう言われて、ファーマンはアイリーンをおいてきてしまったという事実に今更ながらに気がついた。
孤児院が燃えていると聞いて、いてもたってもいられずに駆けつけてしまったが、ファーマンはアイリーンの護衛だ。アイリーン護衛は今日はファーマンしかいないのだから、彼女を一人にするなど言語道断。
青くなるファーマンの肩を、ロバートが苦笑しながらポンポンと叩いた。
「アイリーンには教会の中にいるように言ってあるから大丈夫だ。気持ちはわかるが……、君は彼女のそばにいないといけないだろう?」
「……申し訳ございません」
ファーマンはロバートへ一礼して、そのまま教会へ走っていく。
アイリーンは貴族令嬢には珍しいほどに心の広い女性だ。
一階の騎士に対しても使用人に対しても気さくに話しかけるし、裏表がないのか、言動に厭味もない。
アイリーンの侍女にはネチネチ言われるが、ファーマンが教会へ毎日出入りしていることについても、彼女はまったく責めなかった。
そんなだから、メイナード王子もアイリーンに夢中なのだろう。
彼女は相当鈍いのか、メイナード王子が自分に気があるなんてこれっぽっちも疑っていない。聖女だから口説いてくると信じていて――、まあ、メイナードも相当不器用なんだろうが――、彼の気持ちにはまったく気付いていなかった。
そばで見ているファーマンでもわかるのに、あれほど必死に気を引こうとされて、どうして気が付かないのだろうと不思議になる。
二人そろって草むしりなんて日課にしはじめたと聞いた時は閉口してしまったが、何もないのに一国の王子が毎日草むしりに来るはずないだろう。「殿下って草むしりが好きみたいなの」と言ったアイリーンにはさすがにあきれた。
だが、逆を言えば、その超がつくほどの鈍感さのおかげで助かってもいる。
メイナードには申し訳ないが、彼女を王家に渡すわけにはいかないのだ。
(さすがのアイリーン様でも、今回は怒っているかな……)
アイリーンをおいて孤児院に向かってしまったから、おいて行かれた彼女が怒っても仕方がない。
申し訳ないと思う反面、少しだけ怒らせてみたいと思う自分がいた。
彼女はどんな顔をして怒るのだろうか。そんなことを考えてしまった自分に苦笑する。
怒られる怒られないはさておき、最初は謝った方がよさそうだ。二十八年――それなりにモテてきたファーマンは、女性に対して、こういう時には下手に出ておいた方がいいというのを知っている。
教会へ到着したファーマンは、アイリーンの姿を探して視線を彷徨わせる。
「アイリーン様?」
それなりに大きい教会とはいえ、見渡せないほど広いわけではない。
ファーマンはアイリーンの名前を呼びながら教会の中を探し回ったが――、どういうわけか、彼女の姿はどこにもなかった。
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